連合はどこへ行くのか

東海林 智(毎日新聞社編集局社会部記者)
2024/11/06

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メーデー会場を包んだ異様な雰囲気

 2024年4月27日。国際的なメーデーの5月1日よりちょっと早く、連合(日本労働組合総連合会)の「第95回メーデー中央大会」が東京都渋谷区の代々木公園で、今にも泣き出しそうな空の下、開かれていた。そして、その会場は例年とは違った異様な雰囲気に包まれていた。

 会場の入場ゲートで手荷物検査が実施されていた。入場者全員がバッグやリュックを開けられ、中身をチェックされている。数カ所で同時に行なわれてはいるものの、ゲートには長い列ができていた。さらに、検査を通ると、次はものものしい金属探知機を持った者たちが空港の出国ゲートのようにチェックする。例年ならスムーズに進むゲートに長蛇の列ができていた。

 ものものしい警備の理由は、岸田文雄首相(当時)が会場を訪れたことにある。2年連続で〝来賓〟としてメーデー集会に招かれた。街頭演説中に殺害された安倍元首相に続き、岸田氏も2023年4月に襲われたことで、警備が厳しくなったのだろう。岸田氏があいさつを始めると、会場後方から「帰れ!」のやじが飛んだ。岸田氏はそのままあいさつを続けたが、壇上に並ぶ芳野友子連合会長の顔は、やじにこわばっていた。やじを飛ばしていたのは、連合の組合員たちだ。組合員は、筆者の問いに「(やじ)聞こえました? 連合はふざけてますよ」と口をとがらせた。

 組合員の怒りは想像できた。この日は東京、島根、長崎の衆院補欠選挙投開票日の前日だ。特に島根では自民と立憲の一騎打ちだ。保守王国と呼ばれる島根で、最後の競い合いをしている。そんな局面で、〝敵〟の大将である岸田氏をメーデーで、主賓としてあいさつさせたのだ。岸田氏は「新しい資本主義の最重要課題は賃上げである。今年の春闘のうねりを地方、中小へ波及させるべく全力を尽くす」と述べている。まるで、「賃上げは私の手柄」とでも言わんばかりだ。この言葉を、春闘を必死で闘い、30年ぶりとも言われる大幅な賃上げを勝ち取った組合員たちはどんな思いで聞いたのか。

 メーデー後、連合加盟産別の全国コミュニティ・ユニオン連合会(鈴木剛会長)は、メーデーに対する問題提起として芳野会長らに文書を出している。文書では「選挙戦を闘っている候補者や支援者の苦労を思えばメーデーという場で組合員に岸田首相のスピーチを聴かせるという選択肢など取れないはずだ。そもそも労働者の祭典のメーデーに、自民党総裁である総理を登壇させることに大きな不満と疑問がある」と痛烈に批判している。組合員が感じているのは、自民党と対峙するのではなく、限りなく自民に近よる連合への不信感だろう。岸田首相の〝来賓〟挨拶は芳野会長と自民の距離感を感じさせる象徴的な出来事と感じる。

 メーデー集会直後、筆者は現場で芳野氏に「組合員から岸田首相へのやじがとんだ。聞こえたか? どう思うか」と聞いた。すると、「来賓に組織内からやじが飛んだということは、非常に申し訳ないと思う」と答えた。その後、「国民としてさまざまな思いが政府に対してあるというのは理解できる」とも付け加えた。やじを飛ばした組合員の心情に一定の理解を示しながらも、まず〝失礼だ〟と答えた。たしかに一般的な儀礼では、招待した相手にやじが飛ぶのは失礼であろう。しかし、仲間がやじを飛ばさねばならないような来賓を招いたことはどう思っているのか、筆者はそれが聞きたかったのだ。メーデーの主催者あいさつでも、芳野会長は世論の批判が集まっていた裏金問題などに直接的な言及はせず、「政治家の皆さん、どうか私たちに政治を諦めさせないで」と〝懇願〟し、組合員には「社会を支える当事者として、政治を自分事として諦めない努力をしていこう」と呼びかけるのみだった。

 この日の様子には、連合、特に芳野会長が就任して以降の政治姿勢が凝縮しているように思える。自民党の裏金問題を中心に、自民・公明両党による長期政権が行き詰まりをあらわにしている中で、政権に対峙するカウンターとしての姿勢は感じられない。

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東海林智

(とうかいりん・さとし)毎日新聞社編集局社会部記者。1964年山形県生まれ。一貫して労働と貧困・格差の現場を取材。元新聞労連委員長。著書に『15歳からの労働組合入門』(毎日新聞社)、『ルポ 低賃金』(地平社)など。

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