国際法から見たイスラエルの逸脱

申惠丰(青山学院大学法学部ヒューマンライツ学科教授)
2024/11/05
イスラエル軍による襲撃を受けたガザ地区北部ジャバリア難民キャンプで、自宅の確認などのために避難先から一時帰還するパレスチナ人たち。2024年5月31日。Photo by REUTERS/Mahmoud Issa(Aflo)

武力紛争の拡大で増す中東の緊迫

 昨年10月7日、パレスチナ・ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスは、イスラエルへの奇襲攻撃によって多数の民間人を含む約1200名を殺害し、250人あまりを人質として連れ去った。国際法上、文民たる住民に対する広範又は組織的な攻撃として行なわれた殺人は人道に対する罪であるし、文民を人質にとることは戦争犯罪にあたり、いずれも国際犯罪だ。これに対し、イスラエル軍は翌日にガザへの攻撃を開始し、ハマスの壊滅と人質奪還のためとして、住宅地、病院、学校などを無差別に破壊し、民間人を殺害する大規模な空爆や地上侵攻を行なってきた。イスラエルの国防大臣は、自分たちは「人間の顔をした動物」と戦っており、ガザへの電気や水道、燃料などの供給を停止すると述べ、実際にイスラエルはエジプトとの境界を閉鎖して一時はガザを完全に封鎖した。1年が経過した今年10月7日時点で、パレスチナ側の死者は約4万2000人にのぼり、うち約1万7000人は子どもである。死者のうち約1万人の遺体は、建物の瓦礫の下から出すことすらできない状態にある。

 さらにイスラエルは、ガザへの苛烈な攻撃を継続しつつ、今年に入りイランやレバノンへの攻撃を繰り広げて、戦線を三面に拡大している。イスラエルは1月、レバノンの首都ベイルートでハマスの高官アル・アロウリ氏をドローン攻撃で殺害。4月には、ハマスやヒズボラ(レバノンのイスラム教シーア派組織で、ハマスと共闘関係にある)を支援しているイランに対し、在シリア・イラン大使館へのミサイル攻撃を行なって軍事精鋭部隊幹部らを殺害した。7月には、テヘランでハマスの最高指導者イスマーイール・ハニヤ氏を暗殺し、9月にはレバノンへの空爆を開始して、ベイルートのヒズボラ本部を攻撃し最高指導者ハサン・ナスララ氏を殺害している。9月末にイスラエルはレバノンに地上侵攻し、10月にはついにイランがイスラエルに報復攻撃。イスラエルは、レバノンとイスラエルの国境を監視する国連平和維持部隊(PKO)であるレバノン暫定駐留軍にも攻撃を繰り返すなど、情勢はいっそう緊迫度を増している。

イスラエルの自衛権をめぐって

 イスラエルの行為を国際法の観点からみれば、まず、昨年10月7日に受けた攻撃に対して、イスラエル自ら主張しているように、イスラエルには自衛権があるという立場が成り立ちうる。2001年の9・11同時多発テロの際に国連安全保障理事会(安保理)決議1368や1373で米国の自衛権が確認されたように、非国家主体による攻撃でも、「武力攻撃」を受けた場合の自衛権について規定する国連憲章51条の要件は満たしうる。EUの首脳からなる欧州理事会が昨年10月15日、EU27カ国の共通の立場を示すため採択した声明で述べているイスラエルの自衛権はそのような立場に立つものだ。イスラエルの最大の支援国である米国も同月18日、人道支援のための戦闘の一時的な停止などを求める安保理決議案に対し、イスラエルの自衛権への言及がないという理由で拒否権を行使している。

 他方で、ガザはイスラエルの占領下にあり、イスラエルにとっては国外からの攻撃とは言いがたいことから、自衛権は援用できないという見方もある。イスラエルがテロ対策として行なった占領地域での巨大な壁の建設の合法性をめぐる2004年の国際司法裁判所(ICJ)勧告的意見でICJは、イスラエルは占領地域を実効支配している以上、管轄下のすべての人の人権保障を規定した国際人権規約(社会権規約・自由権規約)や子どもの権利条約上のさまざまな人権(移動の自由、労働の権利、教育についての権利、適切な生活水準についての権利など)を侵害しているとした。

 この勧告的意見の中でICJは、「イスラエルが占領下のパレスチナ地域に支配をおよぼしていること、および、イスラエルが壁の建設を正当化するとみなしている脅威は当該領域の外ではなく内から生じていること」にふれ、この状況は9・11テロとは異なるため、米国の自衛権を認めた安保理決議1368や1373を援用して自衛権を主張することはできないと述べている(1)。しかしながら、その頃と比べパレスチナの国家性は増している状況がある(これまで140以上の国々がパレスチナを国家承認している。また、パレスチナは2012年以降、オブザーバー国家として国連に参加している)。そして、イスラエルが今も実効支配しているヨルダン川西岸地区と異なり、イスラエルは2005年にガザから撤退している。そのため、実効的支配をおよぼしている占領地域からの攻撃の恐れに対し自衛権を援用できないとしたICJ勧告的意見の論理は、現在のガザにはあてはまらないとする見解もある(2)。とはいえ、イスラエルはガザの海域と空域を掌握している上、国境を支配し封鎖策を敷いているから、ガザが一般的にはイスラエルの占領下にあることは明らかだ(3)

自衛権の行使なら何でも許されるのではない

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申惠丰

(しん・へぼん)青山学院大学法学部ヒューマンライツ学科教授。専攻は国際法、国際人権法。著書に『私たち一人ひとりのための国際人権法入門』(影書房)ほか。

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