ヒバクシャの証言活動への授賞
日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)が今年のノーベル平和賞を受賞した。ノルウェー・ノーベル委員会のフリドネス委員長は、10月11日の発表にあたり次のように述べた。
「『ヒバクシャ』として知られる広島と長崎の原子爆弾の生存者たちによる草の根運動は、核兵器のない世界の実現に尽力し、核兵器が二度と使われてはならないことを証言を通じて示してきた」
委員長はさらに「核兵器の使用がもたらす壊滅的な人道上の結末への認識を高める世界的な運動」によって、核兵器の使用は許されないという「核のタブー」が形成されてきたとした。そして、広島・長崎のヒバクシャの証言がそのような国際規範の確立に大きく貢献したとし、彼らの取り組みをたたえたのである。
なぜ今なのか。ノーベル委員会は「この核兵器使用のタブーが今、圧力の下にある」との憂慮を示している。
核保有国が核兵器を増強・近代化し、新しい国々が核の保有を企て、「現在進行中の戦争においては核兵器の威嚇がなされている」。ノーベル委員会は名指しこそしなかったが、核保有国ロシアがウクライナに対する軍事侵攻の中で核の威嚇を行なっていることへの警告であることは明らかだ。中東では核保有国イスラエルが戦闘を継続、拡大しており、ガザに対する原爆投下の可能性すら語られてきた。
「人類史上、今こそ、核兵器は何かについて思い起こす時だ」とノーベル委員会は訴えている。
実際「終末時計」の針は昨年以来、人類終焉となる午前零時の90秒前を指している。『原子力科学者会報』がこの時計を始めた1947年以来、もっとも零時に近づいているのだ。2022年の核不拡散条約(NPT)再検討会議においては「核兵器使用の脅威は今日、冷戦の絶頂期以来もっとも高い」状態にあるという懸念が最終文書案に記された。
このままでは、また核兵器が使われかねない。それを止めるために今、世界は改めてヒバクシャの声に耳を傾けなければいけない。それが、ノーベル委員会からのメッセージである。
被爆者の皆さんの長年の功績がたたええられたことは誠に喜ばしいことであり、12月10日にオスロで行なわれる式典は、素晴らしい祝福の場となろう。そしてそれは、原爆で命を奪われた多くの人びと、あるいは長く後障害で苦しみながら「核兵器のない世界」を夢見つつその実現を見ることなく亡くなった人びとへの弔いの場ともなろう。だが、そうした被爆者の方々に感謝と敬意を示しつつも、未だ実現できていない核兵器廃絶と平和の達成のために、世界の市民がいま行動を起こすことこそ、何よりも求められている。
ヒバクシャの声こそ抑止力
7年前の2017年、国連で122カ国の賛成により核兵器禁止条約が採択された。同条約成立に向けて尽力してきた核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)は、同年、ノーベル平和賞を受賞した。その受賞理由について、当時のレイスアンデルセン・ノーベル委員会委員長は「あらゆる核兵器の使用がもたらす壊滅的な人道上の結末への注目を集め、条約を通じて核兵器の禁止を達成するための革新的努力」と語った。
私は2010年以来、日本のNGOピースボートを代表して、ICANの運動に中心的に関わってきた。ICAN全体としては、核兵器の非人道性についてさまざまな啓発活動を行ないながら、各国政府に働きかけ、対人地雷禁止条約などの成功事例も参考にして、核兵器禁止条約の制定に取り組んできた。条約成立後は多くの国に署名・批准を働きかけ、今日締約国は73、署名国も合わせれば98カ国と、実に世界の約半数の国がこの条約に加わるところまで来ている。
ICANの運動は、さまざまな国から多様な特性をもった団体や専門家が集って進めてきたものであるが、日本のピースボートが果たしてきた役割は、ヒバクシャの声を世界に広めることである。
ピースボートは2008年に「ヒバクシャ地球一周 証言の航海」というプロジェクトをたちあげ、今日までに170人以上の広島・長崎の被爆者の方々に地球一周の船旅に参加していただき、各地で証言活動を重ねてきた。広島・長崎両市や日本被団協の後援を得てきたこのプロジェクトは、まさに、国際社会で核兵器の非人道性が議論され核兵器を禁止する条約が作られていく過程と一致していた。各国の学校・大学、NGO、市役所、国家の省庁や議会などで証言を重ねてきた。被爆者の声が、各国における核兵器禁止条約への機運を高めてきたのである。
これは、日本のNGOだからこそできる仕事である。と同時に私たちは、韓国をはじめ在外の被爆者、太平洋諸国などの核実験被害者、さらにはウラン採掘で被害を受けている先住民族や福島の原発事故の被災者とも交流を深めてきた。各地・各国で感謝され歓迎され、また、被爆国たる日本への期待や激励も受けてきた。
日本被団協が中心となってよびかけ日本の多くの団体が協力した「ヒバクシャ国際署名」(ヒロシマ・ナガサキの被爆者が訴える核兵器廃絶国際署名)は、2016年から2020年までの5年間で1370万人分を超える署名を国内外から集めた。その署名は毎年、国連の会議場に届けられてきた。このような取り組みこそが、今日世界の約半数の国が核兵器の全面禁止規範を受け入れているという現実を作り出してきたのだ。
「日本被団協やその他多くの被爆者らによる並外れた努力が、核のタブーの確立に大きく貢献してきた」というノーベル委員会の言葉は、抽象論ではない。こうした一つ一つの具体的な取り組みのことを指しているのだ。日本被団協事務局次長の和田征子さんは、受賞後のインタビューで次のように述べている。
「核兵器ではなく私たちのことばが、核の使用を阻止する抑止力になったのだと思う」
核兵器禁止条約の普遍化と実施へ
日本被団協の平和賞受賞を受け、ICANは、改めて核兵器の非人道性を世界に伝え、核兵器禁止条約の普遍化と完全実施のための取り組みを加速させる。まずは来年3月にニューヨークで開かれる同条約の第3回締約国会議を成功させることが目標だ。
同会議では、議長をつとめるのが旧ソ連の核実験被害国カザフスタンであることから、核被害者に対する援助や汚染環境の修復が重要議題となる。
この関連で想起すべきことは、日本被団協が、核兵器廃絶と並んで原爆被爆者に対する国家補償を日本政府に求めてきたことである。この点は、今回のノーベル平和賞受賞にあたってあまり注目されていないが、重要な論点である。日本には原爆医療法(1957年施行)や被爆者援護法(1995年施行)があり、一定の被爆者援護制度がある。しかし、多くの被爆者からみれば、これはまったく十分なものではない。
原爆症の認定をめぐっては、2003年から集団訴訟が重ねられてきた。被爆者としての認定範囲をめぐる広島「黒い雨」訴訟では、2021年、原告が国に高裁で勝訴し、菅義偉首相が上告せず被害者を救済する政治決断をようやく下した。一方の長崎では、被爆者と認められていない「被爆体験者」が訴訟を起こしており、今夏、岸田文雄首相はその救済に向けて動く姿勢を見せたものの、政治決着には至らず訴訟が継続している。
このように、被害者の定義や救済範囲はきわめて重大な問題であり、援護施策の制定と実施においては被害者自身の声が反映されなければならないということを、日本の被爆者運動の歴史は示している。これらの教訓は、世界におけるこれからの核被害者援助に生かされなければならない。もちろん、日本において被爆者の平均年齢は85歳を超えており、未救済者の救済が急がれることはいうまでもない。
問われるこれからの行動
ノーベル平和賞は、他のノーベル賞と比較した場合、過去の功績への表彰というよりも、いま必要とされている行動を応援するという性格が強い。核兵器関連でいえば、2005年に国際原子力機関(IAEA)が受賞したが、このときはイラク、イラン、北朝鮮などの核拡散疑惑が世界的な問題となっていた。2009年のオバマ米大統領のときは、彼が掲げた「核兵器のない世界」という目標を後押ししようという授賞だった。戦争の被害者に関連して近年では、戦争における性暴力と戦うデニ・ムクウェゲ氏(コンゴ)、ナディア・ムラド氏(イラク)などが挙げられる(共に2018年)。
地道で目立たない草の根の活動も、ノーベル平和賞を受賞することで、一気に世界的に注目され飛躍をとげる。ICANがまさにそうであった。ICANはこの7年で、参加団体も事務局スタッフも拡大し、世界的な発信力も確立し、大きな運動的成果を上げてきた。ノーベル委員会には感謝してもしきれない。
だがその意味では、日本被団協に対する平和賞授賞は、遅きに失した感が否めない。日本被団協は毎年のようにノミネートされてきたのだから、もっと早く受賞すべきだったと思う。たとえば被爆70年の2015年に日本被団協が受賞していたなら、核兵器禁止条約の交渉や制定に対して、もっと大きな影響を与えていたであろう。
来年は被爆80年、戦後80年であるから、それに向けて運動を起こす好機だということもできる。だが、その運動を主体的に担うのは、もはや被爆者第一世代ではなく、それを引き継ぐ世代である。テレビでは「被爆者の方々は核兵器のない世界の実現を求めてこられました」といった報道が散見されるが、それを求めているのが被爆者だけでは困るのだ。むしろ被爆者に続く今日の現役世代こそが、核兵器も戦争もない世界に向けて行動しなければならないはずだ。
80代、90代の被爆者の方々の中にも、もちろん、命のある限り語りつづけたい、活動したいという元気な方は数多くおられる。広島・長崎だけではなく全国に被爆者団体がある。今を生きる私たちは、被爆者の話を直接聞くことのできる最後の世代として、改めてその声に耳を傾ける機会を作るべきだ。そして、自らができる行動について考えることである。今しかない。
日本は核兵器禁止条約に参加せよ
石破茂首相は、日本被団協の受賞を「きわめて意義深い」と述べ、日本政府は毎年国連総会に提出している核兵器廃絶決議案の中で、今年は日本被団協の平和賞受賞に言及した。
一方で石破氏は、9月の自民党総裁選挙では、高市早苗氏らと同様「核共有」や「非核三原則見直し」に関連する発言を繰り返していた。米国の核を共有して中国を抑止する「アジア版NATO」構想も掲げた。過去には原発の維持が「核の潜在的抑止力」になるとも発言している。
だがさすがに10月に首相になってからは、石破氏はそうした持論を封印している。日本被団協の受賞を受け、メディア各社が核兵器禁止条約への対応を問い始めると、同条約へのオブザーバー参加を「真剣に検討する」と述べている。
日本政府が、被爆者の訴えを真に受け止めるというのであれば、核兵器禁止条約への「署名・批准をめざす」と明確に表明すべきである。その第一歩として、来年3月の締約国会議へのオブザーバー参加は必ず果たしてもらいたい。オブザーバーとして今すぐにでもできることはたくさんある。第一に、核兵器の非人道性を被爆者の証言や科学的データをもとに伝えること。第二に、核被害者援助や環境修復のための経験共有、技術支援、そのための国際信託基金への貢献。第三に、核廃棄検証のための国際機関作りへの協力。これらはいずれも核のタブーを強め、核軍縮を促し、日本やアジアの安全保障にも資する。
日本被団協は、自らが核の被害者であると同時に、日本による戦争の被害者でもあるという観点から、国家補償を求めてきた。日本被団協の代表者らが「戦争を絶対にさせてはならない」「日本国憲法九条はきわめて大切である」と世界各地で訴える様子を、私はこの目で何度も見てきた。
世界が第三次大戦前夜の様相を見せている今、私たちは、日本の戦後平和憲法の価値を改めて評価し、全世界の人びとが「平和のうちに生きる権利を有する」との原点を再確認したい。岸田前政権以来加速している日本の大軍拡は、ここで止めなければならない。
被爆者と若者が共に行動を起こすとき
ノーベル委員会は「いつの日か歴史の証人としてのヒバクシャはいなくなるだろう」とした上で「日本の新しい世代がその経験とメッセージを継承している」と指摘した。
今年4月「核兵器をなくす日本キャンペーン」が、日本被団協の田中熙巳(てるみ)代表委員を代表理事に据え、日本の核兵器禁止条約への署名・批准を実現するためのキャンペーンとして発足した。国内35団体、25個人が支えるこの超党派の運動体を牽引するのは、20代のスタッフだ。来年2月8~9日には東京の聖心女子大学で「核兵器をなくす国際市民フォーラム」を開催する。それに向けた準備会が全国各地で始まっており、支援者を募っている。
ピースボートは来年4月に出航し8月に帰国する地球一周の船旅で、「戦後80年・被爆80年」を記念して、被爆者の方々と共に、核廃絶と世界的和平促進のための大規模プロジェクトを行なう。
これらはほんの一例に過ぎない。この歴史的受賞を被爆者への祝辞で終わらせてはならない。彼らが命がけで訴えてきたことを本当に実現するために、私たちが今、行動を起こそう。






