【連載】ルポ 牙をむく海(第3回)崩れる海岸

井田徹治(共同通信社編集委員兼論説委員)
2024/12/05
海岸侵食で崩れたゲストハウスの残骸について説明するガイドのアルティジャン(撮影筆者)

ビーチリゾート──ギニアビサウ・バレラ

 夕日に輝き始めた海を見ながら、小道を抜けて海岸に下りると、多数の巨大なコンクリートの塊が、海岸の砂や赤茶けた土に覆われた崖と1つになっている姿が目に飛び込んできた。

 「これはコンクリート造りの大きなゲストハウスでした。3年前に崩壊が始まり、今ではバラバラになってしまいました」と、ガイドを務めてくれているアルティジャンが解説してくれた。

 ジョベル(前回参照)から小舟と車を乗り継いで半日がかりでたどり着いたのは、ギニアビサウの西端、大西洋に面したバレラという村だった。

海岸侵食が深刻なギニアビサウバレラの海岸

 「ジョベルとは違う被害が出ている場所があるんだ。一見の価値がある。海面上昇の影響が出ている場所としてしばしば国内で報道されている」と、アルティジャンが紹介してくれた場所だ。マングローブや湿地の中にあるジョベルやエララブとは違って、しっかりとした台地の上に立つ大きな村だ。

 バレラは長く美しいビーチや海に沈む夕日、海岸に迫る森などで知られ、ギニアビサウでも有数の観光地だ。海外の旅行サイトでも「あまり知られていない隠れ家的なビーチリゾート」などと紹介されている。年1回の地元の祭りには多くの人が集まり、周辺に100種類くらいいるとされる野鳥を見に来るバードウオッチャーも少なくない。

 海岸近くにはさまざまなホテルが軒を並べ、ツーリスト向けのインフォメーションセンターもある。「都会から離れたスローな村でのゆったりした時間」がバレラの売り物で、コテージやプールを備えた高級ホテルも少なくない。村の中心部の道路はかなり立派で高級なレストランも目に付き、スペインやポルトガルなどからの外国人観光客の姿も見かける。同じ沿岸の村でもジョベルやエララブと違って人口も多く、通りは活気にあふれていた。

 海水浴やシュノーケリングなども人気で、新鮮なシーフードにも定評がある。筆者が泊まったのも10件ほどのコテージが並ぶホテルで、お湯もふんだんに使えるし、インターネットへのアクセスもある。レストランの料理もコーヒーもなかなかの味だった。ホテルには欧州からの家族連れも泊まっていた。

海岸の侵食

 だが、ギニアビサウをはじめとする西アフリカ諸国の大西洋岸では、今世紀に入ってから、気候変動との関連が指摘される海岸の侵食が深刻になっている。バレラも例外ではなかった。海岸には、海に削られ、薄茶色の土が露出した高さ10メートルほどの崖がどこまでも続いていた。崖の上には、足もとの土が削られて根がむき出しになった巨木が傾いて立ち、今にも倒れそうだ。実際、海辺には倒木が何本も転がっていた。

 衝撃的だったのは少し前まで崖の上に立っていたという巨大なコンクリート造りの建物が崩壊したさまだった。

 海岸には壊れたコンクリートの塊がいくつも転がる。半分、砂に埋もれたコンクリート製の階段や分厚い扉が、建物の大きさを思わせる。巨大な建築物の崩壊は次々と起こったため、さまざまな形の塊が折り重なるようにして並んでいた。

 「映画の『猿の惑星』のラストシーン、砂に埋もれた自由の女神を思い起こさせるだろう?」とアルティジャン。

 「崩壊した建物は地元の住民用のゲストハウスで、もともとは崖からかなり離れた場所に建っていた。だが、土地がどんどん浸食されて崖が迫ってきた。最初に崩壊が起こったのは3年前だったが、その後、次々と崩壊が進んで、今にはこんなになってしまった」と地元のホテルの経営者が語ってくれた。

 「最初の崩壊の時にはすごい音がして、何が起こったのか分からなかった。土地はどんどん少なくなり、観光業への影響も心配だ。自然に依存する産業なのだから」と村長のマクタール・ジャファさんは表情を曇らせた。

井田徹治

(いだ・てつじ)共同通信社編集委員兼論説委員。環境・開発問題をライフワークとして世界各国での環境破壊や貧困の現場、問題の解決に取り組む人々の姿を報告してきた。著書に『生物多様性とは何か』(岩波新書)ほか。

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