治安立法と改憲論

髙山佳奈子(京都大学教授)
2026/04/08

治安立法の背景

 1960年代以降、国内での産業スパイ事案が相次ぎ、有体物しか客体にならない「窃盗罪」や「業務上横領罪」では対処できないケースのあることから、「営業秘密侵害罪」の立法の必要性が長年検討されていた。筆者は刑法学者として経産省の産業構造審議会の検討部会に参加し、2003年の不正競争防止法改正によってこの犯罪類型を創設する際の立案にあたった。そのとき、「国家に対する罪も合わせて処罰対象にすべきではないか」との意見への対応も検討した。スイス刑法は、通常の産業スパイ罪の処罰規定とは別の、「国防に対する罪」の章の中に、産業上の秘密を海外に漏示する罪を規定していた(273条)。

 だが、日本では「軍機保護法」・「国防保安法」・「治安維持法」が敗戦に伴い廃止された後、日本国憲法に従って、刑法83条以下にあった「通謀利敵罪」も、「大逆罪」や「不敬罪」と共に1947年に刑法典から削除された経緯がある。刑法旧85条1項は「敵国ノ為メニ間諜ヲ為シ又ハ敵国ノ間諜ヲ幇助シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ5年以上ノ懲役ニ処ス」、2項は「軍事上ノ機密ヲ敵国ニ漏泄シタル者亦同シ」としていた(間諜罪)。憲法は戦力不保持を定めているため、「敵国」や「軍事」の概念そのものが法制度全体から排除されており、意味をなさない。

 そもそも、国家機密はすでに、国家公務員法上の守秘義務違反罪の処罰によって全面的に保護されている。また、日本で導入が検討されてきた産業スパイ罪は経済犯罪であって、国家に対する罪ではない。さらに、不正競争防止法の「営業秘密」は民間の情報に限定されておらず、「秘密管理性」・「有用性」・「非公知性」の3つの要素があれば足りるので、国家機密の多くもこれに該当する。そうだとすると、国家機密の侵害は国家公務員法の罰則で全面的に保護され、さらに大部分が不正競争防止法の罰則でも保護されていることになり、新たな罰則は必要ない。そのため、2003年当時、経済安保法や特定秘密保護法の立法は阻止された。

 ところがその後の法改正で、営業秘密侵害罪の行為態様の定義が虫食い的に拡大され、法定刑も数次にわたって重罰化された。審議会で議論していなかった内容の改正が生じ、経産省の担当官に抗議すると「経団連の圧力で」と言う。ついには2015年改正で、海外への秘密の流出をスイス刑法のように特別扱いする規定までできた。しかも、全国紙に、筆者が審議会でこれを支持する発言をしたという虚偽報道が複数回掲載された。担当官に抗議すると「マスコミに対する検閲まではできません」と言う。

 これと並行して、2013年には特定秘密保護法が可決された。翌2014年にかけて、筆者の所属する京都大学では総長選挙を廃止する動きが非公開で進行し、複数の全国紙に「京大、全世界から総長候補者を公募」という虚偽の報道が出た。

 安倍内閣下で自分の身の回りに何かおかしいことが起きていると体感する日々であったが、その直前の2012年に公表された自民党改憲草案の内容は、旧統一教会関連の政治団体である国際勝共連合の主張と重なっていた。2014年には安保法制にかかる閣議決定が出され、恩師や先輩らも危機感を募らせていた。

 当時から現在に至るまで、これらの背景にあった2つの勢力が注目される。財界と旧統一教会である。ほかに警察に関連した利権の問題もある。産業スパイ罪の規定ができた当初、この政策は主に中小企業が持っている技術を守ることを想定していた。しかしどこからかそれが、大企業優先の方向性に変わっていった。大学や日本学術会議を含む文教関係の政策を担当していた自民党議員はほとんどが旧統一協会の関係者であった。現在の高市内閣では自民党が報告しただけ(首相を含まず)でも文部科学大臣、官房長官、経済産業大臣、厚生労働大臣、官房副長官がそうである。防衛関連産業の利権を増長させることはこれらの勢力の意向にかなっている。

 米国家テロ対策センター所長であったジョー・ケント氏は、トランプ大統領に辞意を表明した2026年3月17日の書簡で、イスラエルの高官と米国メディアの有力者らの情報操作によってアメリカの国益が完全に害されたと訴えた。日本の状況はこれほど深刻ではないかもしれないが、方向性においては類似している。

緊急事態に対処する法律

髙山佳奈子

京都大学教授。1968年東京都出身。東大助手、成城大助教授などを経て現職。「安全保障関連法に反対する学者の会」呼びかけ人、「憲法9条京都の会」世話人。

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