【全文公開】私たちのやるべきことは終わらない——東電刑事裁判で明らかになった事実とともに

武藤類子(福島原発告訴団長)
2025/04/04
Photo by 森住卓 adobe stock

 2015年7月31日、東京検察審査会のある東京地裁の前で見た空は、澄み渡る青空だった。この日、3.11にかかわる東電旧経営陣の刑事責任に関する検察審査会の二度目の起訴相当議決が発表され、「強制起訴」が決まった。私たちは「市民の正義」の旗を掲げた。検察が不起訴処分とした刑事告訴は、不起訴に納得しない国民の民意によって刑事裁判がひらかれる結果となった。2012年の告訴から3年、やっと責任の追及が始まることが心底嬉しかった。

 2017年6月から始まった第一審は38回の公判が開かれ、証人の証言や証拠などから眠っていた多くの真実が明らかにされた。それにもかかわらず3人の被告人に下された判決は「全員無罪」だった。2023年3月の控訴審の判決もやはり「全員無罪」だった。

 最高裁判所への上告から2年、2025年3月6日、最高裁からの決定の通知は突然やって来た。結果は「上告棄却」だった。たった3日前、私たちは最高裁を訪れ、上告から12回目の最高裁へのアピール行動を行なっていた。正門前でマイクを持って裁判官たちに呼びかけ、訟廷事務官と面談し、3月に退官する東電と関係の深い第二小法廷の草野耕一裁判官に、自らこの事件から「回避」するように求める最後の署名を渡し、退官されるからといって拙速な判断を出さず、新しく来られる裁判官のもとでしっかりと合議して判断して欲しいとお願いした。地裁、高裁と「全員無罪」判決ではあったが、最高裁としての誇りと正義に一縷の望みをかけた。

 しかし、棄却の決定が出された。3月11日を目前に控えたこの時にこのような決定を出すことに、被害者の気持ちを踏みにじる冷酷さを感じた。原発事故がどれだけの被害を引き起こし、人々にどれだけの被ばくをさせ、人生を狂わせたか、未来の世代にどれだけの負の遺産を背負わせたのか、そして、原発事故を起こした企業の経営者に刑事責任を問わないことが次の原発事故を引き起こしかねないことを、裁判所が理解しなかったことが、何より残念で悔しい。

 2022年6月17日、福島原発事故に関わる4つの民事損害賠償裁判で、最高裁第二小法廷は国の責任を否定する判決を出した。第二小法廷には私たちが「回避」を求めた草野裁判官もいた。裁判長は菅野博之氏で、判決の直後に退官し、その後、巨大ローファーム「長島・大野・常松法律事務所」に天下りした。ジャーナリストの後藤秀典氏が本誌で追及してきたように、そこは東電株主代表訴訟の東電側代理人を務める弁護士を抱える事務所だ。国には責任がないという意見書を出した元最高裁判事の千葉勝美氏は、最高裁にいたときの菅野氏の上司で、千葉氏は現在、やはり巨大ローファーム「西村あさひ法律事務所」の顧問を務めている。その西村あさひの共同経営者が新川麻氏で、新川氏は民事損害賠償裁判が審理されている頃、経産省のエネルギー関係の審議会の委員を務めていた。彼女の夫は元安倍晋三首相秘書官で、現在、財務事務次官の新川浩嗣氏だ。新川麻氏は2021年からは、東京電力の社外取締役を務めている。そんな新川氏とともに西村あさひの共同経営者だったのが、草野裁判官なのである。このような経歴を持ちながら、東電刑事裁判の審理を担当することについて、公正だと胸をはって言えるのだろうか。草野氏は自ら身を引いて、審理には加わらないという選択をするべきだったと思う。

 また、最高裁の決定文の中で、地震調査研究推進本部が2002年に出した長期評価には大津波が襲来する「現実的な可能性」は認められないため、予見可能性が無い旨を述べている。私たちは地震学者で長期評価の作成に携わった島崎邦彦さんのお話を昨年12月に伺った。島崎さんは一審の証人として2回にわたり法廷に立たれた。長期評価が日本の名だたる地震学者たちによって、議論の末に合意されたものであること、現在の科学では地震や津波がいつ来るかという具体的な予知はできず常に備えなければならないこと、長期評価の発表にたびたび何らかの妨害が入ったことなどを静かに、しかし怒りを込めて話された。

 最高裁のこの決定は、原発事故の責任をいかに曖昧にするかに腐心しているとさえ感じる。検察官役の指定弁護士は、「現在の原子力行政に阿(おもね)った不当な判決として、厳しく批判されなければなりません」「検察審査会で示された民意を生かすことができず、残念でなりません」と述べた。原発回帰の原子力行政の中で、もし再び原発事故が起きたら、裁判所もまた責任を問われるだろう。

 刑事告訴からの13年間の道のりは、地を這うようであったけれど、私たちは粘り強く闘ったと思う。指定弁護士の皆さん、告訴団・支援団の弁護士の皆さんは素晴らしい仕事をして下さった。感謝しかない。仲間たちはできることは何でもしようと知恵を絞り、福島地検、東京検察審査会、東京地裁、東京高裁、最高裁へと通いつづけた。裁判所の傍聴では、厳しい身体検査など、まるで犯罪者のような扱いを受け、傷ついた。多くの仲間が道半ばで星になった。それでもどうしても諦めるわけにはいかなかった。

 決して納得のできない、悔しい結果ではあったが、私たちには、裁判で明らかにされた真実がある。被告人が原発の運転を続けるために、やろうと思えばできた津波対策を握りつぶしたという多くの証拠がある。これらの証拠が東電株主代表訴訟をはじめ、多くの民事訴訟でも生かされている。そして歴史の中で、被告人の罪を問わなかったこの決定は、いつか裁判所の汚点として批判される日が来るだろう。だから、私たちには、それを広く社会に知らせていく責任がある。

 裁判での刑事責任の追及は終わったが、私たちのやるべきことは終わらない。

武藤類子

(むとう・るいこ)福島原発告訴団長。1953年福島県生まれ。三春町在住。チェルノブイリ原発事故をきっかけに脱原発運動に参加しはじめ、1988年仲間とともに福島で「脱原発福島ネットワーク」を結成。2012年、東京電力旧経営陣を刑事告訴。

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