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海渡雄一(かいど・ゆういち)
弁護士。脱原発弁護団全国連絡会共同代表。東電刑事裁判では告訴人代理人をつとめた。
後藤秀典(ごとう・ひでのり)
ジャーナリスト。著書に『東京電力の変節――最高裁・司法エリートとの癒着と原発被災者攻撃』(旬報社)、地平社からの近刊に『ルポ 司法崩壊』(4月下旬刊行予定)。
この決定を出した裁判官はどんな人物か
――3月5日、原発事故について東電幹部の過失責任を認めるよう求めた「東電刑事裁判」で、最高裁が上告棄却の決定をしました。その論理や特徴、そして最高裁の問題や原発をめぐる最近の司法判断などについてお話をうかがいます。
海渡雄一(以下、海渡) 私たちはこの決定の3日前、3月3日の朝10時半から、冷たい雨が降る中、12回目となる最高裁抗議行動を行ない、最高裁に意見書と、『東電と密接な関係のある最高裁・草野耕一裁判官に「東電刑事裁判」の審理を回避するよう求める署名』を提出していました。抗議行動は毎回、最高裁正門前でスピーカーを最高裁判事室のほうに向けて行なってきました。それから3日後、これほどひどい決定が出されるとは、驚きを通り越して呆れる気持ちです。
後藤秀典(以下、後藤) 今回の決定を出した3人の判事の顔を見ると、岡村和美裁判長とその草野氏が、2022年の、いわゆる6.17判決(原発事故について国の責任を認めなかった判決)に続いて判断を出していることがわかります。
6.17では当時の第二小法廷の判事、すなわち菅野博之裁判長、草野裁判官、岡村裁判官の三人が、国に責任はないという判決を出し、検事出身の三浦守判事だけが国の責任を認める少数意見を出したわけですが、この草野・岡村両氏が、東京電力の経営者にも責任がないという今回の最高裁決定を出す核になったといえます。
この二人とはどんな人物か。『地平』の読者であればすでにご存知の人も多いでしょうが、岡村さんというのはもともと「五大法律事務所」の一角、長島・大野・常松法律事務所に所属していた弁護士です。ここは東電株主代表訴訟で東京電力の代理人を務めていて、東電との結び付きが強い事務所です。6.17判決を出した菅野博之裁判長は退職の1カ月後に長島・大野・常松の顧問となっています。
草野判事は15年間にわたって西村あさひ法律事務所、日本で一番大きな法律事務所の代表経営者をしていました。西村あさひは、最近でも、例えばベトナムやタイの企業に東電が出資をしていこうというときは東電にリーガルアドバイスを与えているような会社です。6.17判決の前には、その西村あさひの顧問を務めていた千葉勝美氏という最高裁元判事が、わざわざこの第二小法廷に、意見書を提出しています。個別の事案について元最高裁判事が意見を出すことはタブーとされてきたにもかかわらず、です。
海渡 東京電力の依頼でね。
後藤 千葉元判事は最高裁事務総局の行政局時代に、菅野博之氏を指導する立場にあり、上司と部下の関係にありました。さらに、西村あさひには東電の社外取締役を務めている新川麻さんというパートナー弁護士がいて、その夫は財務省の事務次官、つまり官僚のトップとなっています。
これだけ東電と深い関係のある草野判事が6.17判決を書き、居残って、退任直前に今度は東電の経営者には責任がないという決定を出した。この二人が国にも東電の経営者にも責任がないという判決と決定を築き上げたのです。
東京電力は津波対策を議論していた
――刑事裁判の経過の概略をお聞かせください。
海渡 未曾有の大震災と原発事故の発生によって、放射能が拡散してしまい、多くの避難者と被ばく被害が発生してしまいました。生活と生命に、取り返しのつかない被害が出てしまったことを受けて、私たちは事故の翌年、2012年6月11日に福島地検へ刑事告訴・告発を行ないました。名を連ねた市民は約1万5000人です。
その後、福島地検に何回も足を運びました。福島地検前行動をしたのは2013年3月19日です。そもそもこれは福島地検に告訴した事件だったのです。ところが、福島県の検察審査会にかけないで済むように、ということだと思うのですが、事件はその年の9月9日に東京地検に移送され、即日不起訴処分とされました。私たちはその翌月には検察審査会に申立書を提出しました。その東京の検察審査会にも何度も足を運びましたが、翌年の7月31日、第五検察審査会がなんと「起訴相当」の決議をしてくれたのです。福島と違って、東京では起訴相当は出ないかもしれないと危惧されたのですが、奇跡的に2回、起訴相当となって、強制起訴とすることができました。
これはあまり知られていませんが、強制起訴は、検察審査会の委員11人のうち8人以上の賛同が必要なのです。だから、強制起訴の議決を得ることはとても難しい。
なぜそれが可能になったのかは、後に裁判が始まってから徐々に分かってきました。つまり、東京電力内部では震災前に、内部で担当者たちから津波対策を取るべきだという上申があり、対策を始めようとしていたんです。2007年の11月頃からそのような動きが始まり、3月頃までには予測される津波の高さはそれまでの想定をはるかに超えそうだということがわかってきた。その段階で、国の「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価」(長期評価)にもとづく津波対策を進めるという方針が東電内部で少なくとも承認されていた。ところが4月頃に、津波は最大15.7メートルに達するという試算が出され、対策には数百億円の費用がかかるということがわかってきた。