アサド政権崩壊
親子2代、50年の独裁体制を敷いたシリアのアサド政権が2024年12月に崩壊した。13年におよんだ内戦で勝利を収めていたはずの政権が2週間足らずで瓦解し、「テロリスト」とみられてきた反政府組織が、「穏健」路線を打ち出して国民の融和を呼びかけている。いったい何が起きているのか。
2024年11月27日、武装組織「ハイヤト・タハリール・シャム(HTS)」を中心とする反政府側が北部の主要都市アレッポに向け進軍を開始した。この時点で反政府側の支配地域は北西部のイドリブ県だけとなっていた。
アレッポ西側郊外の政権軍の拠点を奇襲した反政府側は、同30日にはアレッポ市全域を奪った。12月5日にはハマ市を陥落させ、6日にはホムス市近郊に迫って7日未明にはホムス市を掌握。その日のうちに首都ダマスカス中心部に至ってSNSで勝利を宣言した。8日までにバッシャール・アサド大統領が家族とともにロシアに亡命していたことが分かり、アサド政権崩壊が国際的にも認知された。
それまで優勢だったはずのアサド政権が、奇襲開始からわずか11日で崩壊する展開の速さは驚きだった。だが、政権軍の脆弱さは突然起きたことではない。
兵士の離反と無差別攻撃──政権軍の窮状
バッシャールの父ハーフェズは1970年にクーデターで権力を握った。人口の10%余の少数派、イスラム教アラウィ派に属し、政権や軍の中枢を同派出身者で固めた。
クーデターを恐れたハーフェズは、総合情報局や軍事情報部、空軍情報部といった複数の情報機関に、互いに牽制させつつ国民監視を競わせた。兵士の訓練は中途半端で、自ら状況判断できる優秀な下士官の育成にも消極的だった。軍が強力になることを警戒していたからだ。この体制は息子の代になっても引き継がれた。
2010年に北アフリカで始まった民主化運動「アラブの春」は翌年3月にシリアに波及し、アサド政権はこれを弾圧した。しかし非武装のデモへの銃撃を命じられた兵士が相次いでデモ側に離反、または逃走した。その数は10万人以上に及んだ。
デモ参加者のほとんどは、政治的にも経済的にも阻害されてきた、人口の75%を占めるイスラム教スンニ派の市民だ。徴兵制で集める兵士の大半も当然、スンニ派出身となる。軍は離反を恐れて兵士の監視を強化したが、それによってますます離反が加速した。
2012年6〜7月に反政府側地域を取材した私は、離反してきたばかりの元兵士に話を聞いた。最前線だったシリア西部のホムス近郊に50人の部隊で配置されていた彼は、同僚と示し合わせ、夜明け前に部隊長1人を残して全員で反政府側に寝返ったという。それも、AK47や汎用機関銃PKC、対空機関砲シルカを備えた軍用トラックなどの兵器ごとだ。こうした離反が相次ぎ、アサド政権軍は兵力が足りないうえに地上軍を前線に出せなくなった。
離反されるうえに戦闘でも兵士は減っていく。信頼できるのはアラウィ派の部隊だが、前線に出せば死傷率は上がる。若者の大半を失ったアラウィ派の村も続出し、身内のはずのアラウィ派の若者まで徴兵から逃れるようになった。
反政府側にはヘリコプターや戦闘機はなく、航空戦力を独占するアサド政権軍は反政府側地域への空爆を徹底的に繰り返した。目視で撃つしかない反政府側の対空機関砲は、高度を上げて飛ぶ目標にはほぼ当たらない。しかし、精密誘導弾を持たないアサド政権軍は高空からの正確な空爆はできず、必然的に無差別攻撃になった。
一般的に航空優勢を持つ側が圧倒的に有利だが、アサド政権軍には、前線で自軍と向かい合う反政府側だけを狙う技術がなかった。また、地上を支配するためには地上軍が必要だが、前線に出すと離反される恐れがあった。自力で反政府側を制圧できなかった大きな要因は自らにあった。
アサド政権軍が力を入れたのは反政府側の前線の向こう側の、非戦闘員である一般人の住む地域への攻撃だ。
私が滞在したホムス県のラスタンは停電で夜間は全域が暗闇だったが、政権軍は数百メートル離れた高台の上から戦車砲を撃ち込んでいた。何かに狙いを定めて撃っていたとは考えられない。反政府側は、戦車から見えない丘の反対側や地下に拠点を置いていた。戦車砲を撃っても武装組織に当たらないことは政権軍も百も承知のはずだが、それでも市街地への砲撃を繰り返した。犠牲になっていたのは女性や子どもばかりだった。
政権軍の砲撃や空爆は、何もない空き地や墓地などにも行なわれた。現場にいた私は、着弾点の座標をずらしながら日々の作業をこなすように攻撃している印象を受けた。政権軍の砲兵部隊だったという反政府側戦闘員に「非効率な上に無駄ではないか」と聞くと、「逆らうとひどい目に遭う、ということを国民に思い知らせるために徹底的に破壊するのが目的だ」とのことだった。
NGO「シリア人権ネットワーク」の調査では、2011年3月から2024年8月までの民間人死者23万1495人のうち86・95%がアサド政権軍と親イラン民兵によるものだ。空爆できる側が無差別攻撃をすれば圧倒的な割合になるのは必然で、自国の民間人を意図的に犠牲にしつづける軍の士気が上がらないのも当然だろう。