玉城デニー
1959年、沖縄県うるま市(旧与那城村)生まれ。ラジオパーソナリティーなどを経て、2002年に沖縄市議会議員に初当選。2009年から衆議院議員を4期務め、2018年、沖縄県知事に初当選。2022年に再選。米軍基地問題、子どもの貧困対策、地域経済、離島振興、沖縄独自の地域外交などに取り組む。
県民のくらしを支える県政へ
――知事は、「時代を切り拓き、世界と交流し、ともに支え合う平和で豊かな『美ら島』おきなわ」を基本理念とする「沖縄未来ビジョン」を掲げ、県民一人ひとりが希望を持って暮らせる沖縄の実現をめざしてこられました。2期にわたって取り組まれてきた県政の課題について、どのような手応えを感じておられるか、まず、お聞かせください。(聞き手=本誌編集長・熊谷伸一郎)
玉城デニー(以下、玉城) まず、県民のくらしに関わることからお話ししたいと思います。ご存知のように、沖縄振興特別措置法によって振興計画が策定され、その進展によって着実に、ダム、道路、空港・港湾などのいわゆる社会基盤整備が進められてきました。それと呼応する形で、観光産業を主として順調に成長してきています。情報通信関連産業も伸びています。一方で、沖縄では企業の98%が中小零細と言われており、円安で利益が上げられるような輸出関連大企業はほとんど存在しません。沖縄の一人当たり県民所得は全国最下位という状況が続いており、これがもっとも大きな県政の課題です。
平和で豊かな島をめざしていくうえで、県民所得の向上のための取り組みをさらに強める必要があります。中小零細企業の方々の雇用を支える仕組みを提供し、そこで働いている方々の給与に還元していける経済を構築していきたいと思います。
こうした喫緊の課題に取り組むとともに、離島の振興、米軍基地問題の解決など、沖縄特有の社会的課題への対応を続けていかなければいけません。子どもの貧困の解消、ひとり親家庭への支援、教育環境の整備については、取り組みを通じて着実に状況が改善してきており、数字的にもそれが見えてきています。全体的な経済の状況も全国と比較して伸び率が良い状態が維持されています。
沖縄県知事の仕事は、米軍基地への対応が7割、八割だと言われますが、それは突発的な対応も含めてのことです。私はこの八年間、県民の暮らしの向上や県政の発展が、ある程度しっかりと進んできていると捉えています。
若い世代が希望を持てる沖縄へ
――知事は、4月25日の出馬表明の際、県民が笑顔で過ごすことができ、次世代の若者が個性を発揮しながら成長できること、「平和で誇りある、豊かな沖縄」のために全身全霊で取り組む、と話されました。知事が考えておられる沖縄の将来像と、若い世代への施策についてお聞かせください。
玉城 沖縄は子どもの数も多いですし、若い人たちもさまざまな分野で活発に活躍しています。沖縄の若い人たちが希望をもってここで生き、くらしていける状況をつくっていくことが政治の責任です。
そのために必要なことは、まず雇用です。観光関連産業を中心に、経済分野で新たな動きが次々に起きています。新たな沖縄を担っていく若い世代を応援するために、注目度が高いスタートアップへの支援、若い世代による起業の促進のために、産・官・学・県が一体となってコンソーシアムを作り、エコシステムを構築して、そこで生まれるさまざまなアイデアや技術を総合的にサポートしていこうとしています。
新しい分野だけでなく、農林水産業の振興も重要です。特に宮古や石垣などでは、他府県から移住してきた方々が「自分たちで農業をやりたい」と、遊休耕地を活用して成功している事例もあります。
若い人たちが希望をもって沖縄で生きていくうえでは、先ほども触れた「子どもの貧困」問題はまっさきに解決しなければいけない課題です。そもそも沖縄県が子どもの貧困に取り組むことになったのは、2015年に実態調査を行なった結果、3人に1人の子どもが貧困の状態にあることが明らかになったからです。2016年度から子どもの貧困対策計画に基づいて切れ目のない総合的な支援を展開し、2022年度から2期目の計画に入りました。第1期は5年間で30億円の予算をかけて取り組みましたが、2022年度以降は10年間で60億円の事業として、対策を進めています。困難を抱えた子どもや家庭の相談支援体制を構築するほか、中学校の給食費を県が半額負担し、小学校の給食費を無償化する取り組みも進めています。
また、それまで県内の41市町村で、それぞれの財政規模によってまちまちだった通院時の病院窓口での負担についても、県が費用の2分の1を支援する形で、すべての市町村で中学校卒業まで窓口払いを不要にしました。いったん納めてから戻ってくる形式ではなく、現物給付です。子どもたちの医療の保障は、その親世代である20代から40代の方々の負担軽減に直結します。
「こども・若者計画」という取り組みを通じて、特に成長段階にある世代に集中的に施策を講じてきました。30歳の人を「こども」とは呼べませんので、「こども・若者」という言い方をしています。
社会人になってからも切れ目なく、貧困に陥らないような取り組みを進めてきた結果、かつて7%、8%だった失業率が、現在は3%前後になっています。有効求人倍率も、すべての業種で1を超えています。それだけ人手が必要とされているわけですが、一方で人手不足という困った状況にもなっています。働きたい側と雇用したい側との間のミスマッチを解消するために、働く側と働き手を求める業界それぞれのニーズを調査し、うまく調整を図れる仕組みを届けていきたいと思います。
こうした施策が、若い世代の仕事や生活の充実につながるよう、これからも努力したいと思います。沖縄は全国と比較すると子どもが生まれる割合が高く、合計特殊出生率は2024年で1.54です。全国平均が1.15ですから、大きく上回っていて、40年連続で1位となっています。
子どもが欲しくてもなかなか授からないという悩みを持つ方々へのケアも行なっています。子どもを授かる家庭では2人から3人以上という場合が多いんです。3人以上を多子世帯と分類し、そこにも支援を行なっています。私の知り合いには、子どもが15人いる方もいます(笑)。
子どもが多い家庭であっても、まだ授かっていない家庭であっても、それぞれの状況に合わせた支援の仕組みを、県だけではなく市町村や国とも協力して行なっていきたいと、常に職員と話しています。
過重な基地負担が奪う沖縄の未来
――沖縄が自らの未来を描こうとするとき、米軍基地の存在は、土地利用や環境、事故など、さまざまな形で県民生活に影響を及ぼしています。知事は、基地の存在が沖縄の未来像にどのようなインパクトを与えていると考えていますか。
玉城 戦後八0年以上が過ぎた現在もなお、国土面積のわずか0.6%にすぎない沖縄県に、日本全体の米軍専用施設面積の約70.3%が集中しています。あまりにも過重な基地負担が続いていることについて、多くの県民から「限界を超えている」という厳しい声が発せられていることは、皆さんもご存じかと思います。
基地があるがゆえに何が問題かというと、たとえば嘉手納や普天間など、飛行場の近くでは日常的に騒音が発生しています。そこに配置されている飛行機のみならず、沖縄周辺で訓練をする外来機も飛行場を使用するため、騒音被害が後を絶ちません。さらに、実弾射撃訓練による原野火災、有機フッ素化合物PFASなどの問題もあります。県民は米軍基地と隣り合わせの生活を余儀なくされる中で、さまざまな被害を受けています。
日本とアメリカが、普天間基地など、とりわけ沖縄本島の中南部に集中している米軍基地を移転し、返還するとしたSACO(沖縄に関する特別行動委員会)合意が結ばれたのは、1996年です。この合意から30年が経過します。にもかかわらず、基地返還が目に見える形で進んではいません。それはやはり、狭い県内に新たな基地をつくり、その設備を整えてから部隊を移し、その部隊が完全に移ってから基地を返還するという手順が目詰まりを起こしているからではないかと感じます。
現在の状況を踏まえて、もう一度、SACO合意の第2段階、いわば「SACOセカンド」の協議の場を設けるべきではないかと、県として申し入れています。そして、その協議には沖縄県も加えていただくことを求めています。沖縄が米軍基地にどのような関わりを求めるのか、あるいは私たちがどう関わればよいのかを協議する場が必要だと、ずっと申し上げています。
日米両政府には、沖縄の過重な基地負担の軽減に真剣に取り組んでいただきたい。それが、ひいては沖縄の経済やまちづくり、公共交通など、あらゆる面で新しい好循環を生み出すことは明らかです。過重な基地負担の軽減を真摯かつ誠実に実行していただきたいと、常に求めています。

「対話の権利」を保障してほしい
――辺野古の新基地建設をめぐっては、沖縄県民の民意、地方自治や環境保護の視点からの疑問が示されてきました。現在の局面を、知事はどのように捉えておられますか。
玉城 米国内から、辺野古で作られようとしている滑走路は、現在の普天間飛行場よりも短く、能力上の欠陥があると指摘されています。また、米国防総省が今年に入って、代替滑走路が選定されるまで普天間飛行場は日本に返還されないとする見解を公式文書に明記していたことも明らかになりました。沖縄県から政府に事実関係を確認したところ、「日米間の認識に全く齟齬はない」「必要な法的枠組みはすでに整っている」「移設完了後も普天間飛行場が返還されないという状況は全く想定していない」と説明しています。ということは、日米間ですでに、どこを代替滑走路として使わせるかについて合意ができているということなのか。先日、那覇空港を有事の際に提供するという合意が交わされているのではないか、との報道もありました。
しかし、那覇空港は沖縄県の動脈です。沖縄は、海と空しか使えない離島県であり、万が一、有事ということになった場合には、県民をどのように避難させるかが重要になります。那覇空港は民間空港として活用できなければなりません。米軍が優先的に滑走路を使うことになれば、県民は逃げる手立てを奪われてしまうことになりかねません。平時でも、那覇空港は非常に過密な運用状況にあります。自衛隊も使用しているうえに米軍も使うとなれば、重大な影響が出てきます。しかも、米軍には自由に使用したいときに使用できるという条件が付与されます。
現状をしっかり認識していただきたい。那覇空港は、米軍が使用できる環境には全くありません。普天間基地が返還されない根本的問題をどうするのか、その問題に立ち返って、繰り返しになりますが、アメリカ側ともう一度「SACOセカンド」で協議する必要があります。
辺野古の埋立工事は、供用開始まで少なくともあと12年以上かかると言われていますから、普天間飛行場の「1日も早い危険性の除去」にはつながりません。結局、普天間を運用している航空部隊を県外、国外へ移転する。当然、その航空部隊とともに行動する陸上部隊も移転することです。それを現実的に検討しなければ、結局、辺野古をつくるまで長引き、完成しても返還されないかもしれないというジレンマを引きずっていくことになります。(普天間基地のある)宜野湾市民も、多くの県民も、普天間基地の固定化、恒久化は絶対にあってはならないと声を上げております。その現実に立ち返り、日米、そして沖縄も含めて現実的な協議を行なっていかなければならないと思います。
米軍基地の負担を私たちに求めるのであれば、私たちに対話と協議の権利を保障してほしいということです。一方的に決めるだけでは、私たちも県民に十分な説明ができませんし、認識に大きな齟齬が生じてしまいます。不安材料を少しでも解消していくための双方の努力が必要です。歩み寄りながら、対話の仕組みを構築していかなければならないと考えています。
二度と沖縄を戦場にさせない
――「台湾有事」の議論や南西諸島の軍事化が進むなかで、沖縄は再び軍事の最前線として位置づけられようとしています。この状況をどう見ておられますか。
玉城 自衛隊については、いわゆる「南西シフト」によって、宮古や石垣などへ部隊が配備され、増強されていることに、島の方々、県民の方々の中にもさまざまな意見があると承知しています。私のもとにも、賛成、反対、いろいろな意見が寄せられます。しかし沖縄県としては、これだけ過重な米軍基地をすでに抱えている中で、さらに先島に自衛隊が配備され、そこに「反撃能力」を有する装備が置かれるということになれば、当然、有事の際にはそこが攻撃目標になることは間違いありません。
沖縄戦を体験した方々の証言と研究者の研究成果から明らかなのは、部隊が配備されている地域が攻撃目標になるということです。沖縄戦の際、米軍はあらかじめ入念にグリッド図を引き、どこに日本軍の部隊が配置されているかを事前に調査し、日本軍の守備隊が置かれている場所を艦砲射撃で攻撃したうえで上陸してきたということです。
二度と沖縄を戦場にしてはいけないということは、あの悲惨な大戦を経験した先人たちから私たちに伝えられている教訓です。「戦争をしてはいけない」ということは、沖縄の痛苦の体験を経たメッセージです。
自衛隊の配備については、地元の方々への丁寧な説明と合意形成を行なうべきことは当然として、敵地攻撃能力を有する長距離ミサイルの配備には反対です。そういうミサイルを沖縄に置かないでほしいと申し入れています。不安を抱いている方々にさらなる不安を広げるような、配備ありきの進め方は絶対に行なってはいけません。そして、自衛隊を配備して増強するというのであれば、米軍基地の負担軽減とあわせて考えていただきたい。米軍の負担を減らさないまま、さらに自衛隊を置くということは、過重な負担のうえにさらに負担を押しつけることでしかありません。
地域外交で平和と信頼をつくる
――沖縄は歴史的にも地理的にも、東アジアの結節点となってきました。中国大陸、台湾、韓国などとの関係のなかで、沖縄県として対話や交流を広げていく可能性を、知事はどのように見ていますか。
玉城 沖縄を取り巻くアジア太平洋地域の情勢は、先ほど申し上げたとおり、軍事的な安全保障面では緊張関係にあります。一方、経済面ではものすごく緊密につながっています。日中、米中、日米というトライアングルは、経済的に非常に強く依存し合っている関係です。アジア太平洋地域の平和と安定を図り、持続的な発展を果たすためには、まずは国と国との大きな外交が行なわれるべきですが、さらにそれを補完する地域間外交や、人と人、民間団体の交流によって信頼醸成と緊張緩和を図ることが非常に有効な手段だと考えています。
沖縄県としては、沖縄が持つ歴史的、文化的なソフトパワーと、ウチナンチュの国際的ネットワーク、県内のネットワークを最大限に生かし、観光、経済、文化といったさまざまな面で交流を進め、それを地域の平和構築と相互理解、相互発展につなげていきたいと考えています。
そのために県としての地域外交の基本方針を策定し、その方針にのっとって地域外交を展開する事業に取り組んでいます。たとえば、北東アジア地域全体の共同発展をめざし、世界平和に寄与することを目的とする、6カ国87自治体が参加する北東アジア地域自治体連合(NEAR)への正式加盟が決定しました。今後さらに多くの地域との連携、連帯を図っていけるものと大いに期待しています。
不利な条件を将来の可能性へ
――最後に、これからの沖縄の可能性と未来について、お考えをお聞かせください。
玉城 離島県である沖縄には、陸続きではないことによる条件不利性があり、さらに、多くの離島を抱えていることから、物流や人流のコストが大きく影響するのは、残念ながら現実です。しかし、離島は、離島ならではの力と魅力、ソフトパワーを発揮することによって、ほかにはない地域独特の歴史や文化に象徴される将来を展望できると、私たちは描いています。来年2月から始まる宿泊税の活用によって、地域の文化の掘り起こしなど、観光の振興だけではなく、地域を豊かにするための政策として生かしていきたいと考えています。
そのなかには、若い人たちが活躍する場を広げるための人材育成や、文化芸術のフィールドも含まれます。沖縄県の文化振興基金などを活用しながら、観光だけではなく、地域を豊かにするために人や物の流れを域内で循環させていく。そうした取り組みを進めれば、この条件不利性が将来への可能性に変わっていきます。産業DXを推進し、スタートアップ・エコシステムを順調に稼働させることも大きな力になると思います。
そして何よりも、沖縄には子どもや若い人たちの力が満ちあふれています。若い皆さんの力を、おじいちゃん、おばあちゃん、高齢者のためのさまざまな福祉にも還元できるようにし、希望がかなえられる島として、これからも沖縄が発展していくことをめざします。
基地のない、平和で豊かな島をめざし、みんなで一緒に頑張っていくということを掲げながら、県民と一丸となって力強く前進していきたいと思います。
――本日はありがとうございました。



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