階層格差の拡大や排外主義の台頭が、世界共通の課題となって久しい。だが、国政レベルで閉塞感が漂うなか、これに対抗する動きが草の根で広がっている。
その一例として挙げられるのが、2010年以降、さまざまな都市で誕生した革新自治体の存在である。
スペイン・バルセロナでは住宅運動出身のアダ・コラウ市長の下、住宅を権利と位置づける政策や市民参加が進められ、「Fearless Cities」(恐れない自治体)と呼ばれる自治体間ネットワークの発信地となった。イタリア・ナポリでは都市コモンズや公共サービスの再公営化を通じて市場化に対抗する試みが展開されている。
一方、米国ではニューヨークやシアトルが住宅供給の拡充やテナント保護、巨大企業への課税などを掲げ、住宅危機への積極的な介入を進めている。
国家レベルで排外主義や市場原理が強まる一方、都市は住宅をはじめとする社会的権利を擁護し、包摂的な社会を構想する政治の舞台として注目されている。
可視化された「都市は誰のものか」という問い
なぜ、都市が政治の最前線になっているのか。背景の一つに住宅危機がある。世界の都市では、住宅価格の高騰がつづいている。2000年以降、住宅価格はパリで 3.5倍、バルセロナで2.3倍、ニューヨークで3.1倍となっている。このような価格上昇は単なる需給の不均衡ではなく、2007・2008年の金融危機以降、世界的に都市空間と不動産への投資が急増したことの影響が大きい。全世界不動産総額は2014~2018年で56%増加し、2022年末には379.7兆ドルと世界総資産の61.2%を占め、世界GDP総額(100.6兆ドル)の3.77倍となった。法人家主、不動産ファンド、短期賃貸、投機的開発などを通して、住宅は暮らすための場所から、投資家利益を最大化するための資産へと変化した。
所得の上昇と連動しない住宅価格の高騰は、貧困層や移民、ホームレスの排除を顕在化させた。だが、その影響は一部の低所得者だけではなく中間層にも及んでいる。特に若い世代は、大卒などの高学歴でも持ち家取得が困難となり、家賃負担率(家計に家賃の占める割合)の高さに苦しみ、都市にとどまるのが難しくなっている。実際、バルセロナでは2014年以降、平均家賃が約7割上昇し、ニューヨークではマンハッタンの1ベッドルームの平均家賃が2026年に5400ドルを超えて過去最高を更新した。ロンドンでも借家世帯は平均所得の4割以上を住宅費に充てており、深刻な負担が生じている。
このように住宅危機はもはや特定の集団だけでなく、世代や階層を超えて広がっている。その結果、都市では反ジェントリフィケーション運動などの居住運動が活性化するようになった。これらの運動の多くは住宅問題を中心に据えながらも、食や交通、教育、医療などを含む都市の生存基盤への関心を同時に備えていた。そこでは住宅を出発点としつつ、「都市は誰のものか」という問いが提起されている。
都市問題の再政治化へ
都市問題の政治化は新しい現象ではない。1950年代以降、北米や西欧などでも行政主導の都市再開発への反対運動が繰り返され、都市問題は政治の中心となっていった。だが、1970年代以降、都市行政が福祉や公共サービスの提供から投資や企業の誘致へと役割を変化させるなか、都市問題を「中立で客観的な専門知識」の領域として提示し、技術の問題として扱うべきとする見方が主流になった。都市問題は「都市再生」「競争力」「魅力」「クリエイティブ」「持続可能性」など、一見、誰も反対しにくいような言葉で語られるようになる一方、「誰のための再生か」「誰を都市に呼び込みたいのか」「すでに住んでいる人はどうなるのか」「再開発によって利益を得るのは誰か、逆に負担を引き受けるのは誰か」といった利害対立が不可視化された。つまり、政治的対立が技術的問題に置き換えられたのである。これらの現象を、マチュー・ヴァン・クリキンゲンは「都市問題の脱政治化」と呼んだ。こうして都市問題が専門家や行政、不動産事業者による技術的判断として提示されると、住民の異議申し立ては「感情的」「後ろ向き」「地域エゴ」などと処理されがちである。
現在、世界の都市で広がっている運動は、このような「都市問題の脱政治化」に対して、都市を再政治化する動きと言えるだろう。これらの運動は単に都市の再開発に賛成か反対かを問うのではなく、その「受益圏」と「受苦圏」を可視化させ、都市を専門家から住民の手に取り戻す試みなのである。
街頭から制度へ──社会運動と都市政治の緊張関係
都市の社会運動の広がりは政治にも変化をもたらしてきた。バルセロナでは、立ち退きや住宅ローン問題に取り組んだ住宅運動が、15M運動(1 5 de Mayo)、市長選挙での勝利を経て、市政に接続した。ニューヨークでも、住宅運動をはじめとする社会運動の大きなうねりが、家賃、交通、公共サービスなどの生活コストの問題を争点にした選挙キャンペーンにつながり、革新派市長を誕生させた。日本でも、このような下からの政治変革の事例として、杉並区の岸本聡子区長の当選・再選がある。こうした動きは、自治体を単なる行政サービスの提供者ではなく、住民が都市の将来を共同で決める政治空間として捉え直す試みと言える。このように、住民運動に支えられた革新自治体は「街頭が制度に入った」事例として、大きな期待が寄せられている。
同時に、このような革新自治体と社会運動の間には緊張関係もある。ダヴィッド・アムはバルセロナ市で行なった長年のフィールドワークをもとに、アダ・コラウを中心とした住宅運動の活動家がバルセロナ市役所に入り、市政を運営するなかで、どのような困難を経験したのかについて詳細な分析を行なった。運動が行政に入ると、法律、予算、手続き、官僚制のさまざまな制約に直面した。制度に入ることで実現できることが増える一方、運動の批判力が弱まる場面も繰り返された。こうして活動家が行政に入ることで社会運動との間に新たな緊張関係が生じてきた。以上をふまえ、アムは、重要なのは「選挙で勝つこと」だけではなく、市役所の外に運動が存在しつづけ、行政に働きかけることだと述べた。そして、行政の内側での改革と、外側から圧力をかけつづける住民運動の双方が必要になる、と示唆に満ちた指摘をしている。
都市を取り戻すとは別の社会関係をつくること
だが都市における対抗的な動きは、社会運動が展開したり革新自治体が誕生したりしたところだけで起きているわけではない。わかりやすい政治運動のかたちを取らない、日常レベルで行なわれる多様な実践も「都市を取り戻す」動きを考えるうえで重要だ。そのような実践は、日本の都市でもあちこちで観察される。
その一例に、建物のリノベーションを、専門業者や市場取引だけに委ねず、皆で力をあわせておこなうDIT(do it together)の実践がある。DIY(do it yourself)という「自分でやる」自助の発想に対し、DITはみんなで一緒にやろう、というものだ。たとえば私が暮らす京都では、古い町家をリノベーションするというとき、通常は業者に工事を委託し、資材と労働力を購入する。だがDITではその代わりに地域の人びとが集まり、技術を教え合いながら、共同で改修する。皆で時間と労力とアイデアを持ち寄り、一緒に壁を壊し、空間を作り直そうという実践だ。依頼主は、作業の対価として賃金を支払うのではなく、食事をふるまい、皆で分け合って食べる。そのような実践が、都市の片隅に次々と現れている。
DITの実践は一見、取るに足らないものに見えるかもしれない。だが、そこには「都市を取り戻す」という点で看過できない意味が込められている。なぜなら、DITによってつくりなおされているのは建物だけではない。業者にお金を払い、完成品を受け取るという関係とは異なる、横のつながりと自治の経験がつくられている。重要なのは「お金を使わないこと」自体が目的なのではなく、あらゆるニーズを市場取引によって個人的に解決する習慣から、部分的に距離を取る方法だ。このように、市場化されない新たな社会関係の構築が模索されている。
この実践にさまざまな場所で触れるなか、ふと思い出したのが、ピエール・ブルデューによる1950年代のアルジェリア農村の分析だった。当時のアルジェリア農村では、家の建設や修復は人びとが助け合って行ない、返礼として食事がふるまわれていた。ところが、ある時、フランスへの出稼ぎから戻った職人が食事を断り、賃金を要求した。ブルデューは、この小さな出来事に、互酬的な農村世界が貨幣経済へ組み込まれていく変化を読み取った。
現代のDITは、ブルデューが指摘したような過程を単純に逆転させるものではない。アルジェリア農村の慣習は、市場化以前の社会関係の一部だった。それに対し、現在、京都などでみられるDITは、市場経済に深く組み込まれた都市のなかで、あえて市場だけに依存しない関係を再構成する実践だ。つまり、これは単なる過去への回帰ではない。市場の論理が行政の力を借りて広がる都市の内部に、市場とは異なる関係の回路を開き、風穴をあける試みである。
都市に増殖する小さな風穴
より広い次元で風穴をあける実践もある。たとえば、京都駅から数分の距離にある東九条地区では、再開発が進み、地域社会が急速な変化を遂げているが、そのなかで地域で暮らし/活動する人たちが地域で育まれてきた文化や記憶をとどめ、継承するためのさまざまな実践を重ねている。そして空き地となっている市有地を単に開発するのではなく、人びとが集まり、学んだり共有したりすることのできる空間としても活用できないか、と市に提言書を出すなど働きかけている。
また同駅東側に位置する崇仁地区でも再開発の圧力が強まっているが、こうしたなか短期的な利益を目的とした開発に対するバッファーとして「京都駅前に木を植えて、鴨川まで続く緑の回廊をつくりませんか」という「百年の森」構想を小山田徹・京都市立芸術大学学長が提案し、議論が広がっている。森は緑地であるだけでなく、地域住民、大学人、地域に関わる人びとが交流し、未来を共同で構想する場でもある。ここでは、再開発が求める短い収益の時間に対して、「100年」という別の時間軸が提示されている。小山田学長の呼びかけに賛同する市民の間で、「自然や森を体感して、私たちが作りたい街について語ってみよう」というイベントが行なわれたり、空き地で野菜を耕し、共に食するなどの実践も行なわれたりしている。
これらは京都の固有の文脈や住民の社会関係、行政との交渉などを通して生まれた小さな実践であるが、同時に「都市は誰のものか」という世界共通の問いに応答している。
市場や国家という大きな壁を一挙に取り除くことはできない。それでも、古い建物をともに直し、市有地の使い方を提案し、小さな土地で畑を一緒に耕し、百年後の森を構想する実践は、市場の論理に覆われていく都市の壁に小さな風穴をあける。風穴は、放置すれば閉じてしまう。だからこそ、人びとが集まり、手を動かし、行政に働きかけ、その穴を少しずつ拡大させていく。「生きられる都市」とは、いつか完成する都市の姿ではなく、そのような営みがつづけられる都市なのではないだろうか。


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