岸本聡子
1974年東京都生まれ。国際青年環境NGOを経て、2003年から国際政策シンクタンク「トランスナショナル研究所」研究員。オランダ、ベルギーを拠点に、公共サービスや水道の再公営化、自治体の民主主義などを研究。2022年に帰国し、杉並区長選挙に初当選。2026年6月の区長選挙で支持を大きく広げ、2期目当選。著書に『杉並は止まらない』(地平社)、『地域主権という希望』(大月書店)など。
(聞き手:熊谷伸一郎(本誌編集長)――近年、都市を投資や消費の場として再編していく流れが強いですが、一方で、誰もが排除されることなく、住民が支え合う自治的な空間であろうとする流れもあります。今回の特集では、そのオルタナティブな流れの意味を深めたいと思っています。そのうえで、6月28日の選挙で杉並区長として2期目を担われることになった岸本さんにお話をうかがいます。
岸本聡子(以下、岸本) ありがとうございます。今回の選挙戦を全力でやり抜くなかで、私が発信したいメッセージも、結局のところ、この「生きられる都市」という方向に集約されていったと思います。
私たちが住むこのまちは、稼ぐ場所である前に、私たちが生きる場所です。その基本的な立ち位置から、ケアを中心に据えた自治、住民参加、公共施設と地域経済のつながり、気候危機への対応、都市民主主義の可能性といったテーマを考えていかなくてはならないと思っています。
民主主義修復への実践が評価された
――前回は187票差という僅差でしたが、今回は前回より3万人近くの区民に支持を拡大しての当選でした。1期目の岸本さんの歩みが多くの区民から評価された結果だと思います。
岸本 今回の選挙の結果で、もっとも大きな喜びにつながったものは、「多くの区民が私たちの4年間をしっかりと見ていてくれたんだ」という感覚です。
私はこれまで、選挙と選挙の間の市民自治の大切さを伝えてきました。選挙の時だけ市民が主役になるのではなく、次の選挙までの日常こそ、市民の手で地域を動かしていく自治の実践期間でなければならない。1期目の4年間は、まさにそれをどう形にするかという模索と実践の日々だったと思います。
自治のベースとなるのは、対話です。「対話の区政」という標語のもとで多くの取り組みと政策を進めてきました。政務活動でもまちの至るところに飛び出しました。「ソシアルサトコズ」という枠組みで、おしゃべり会を開いたり、街頭で語り合ったり、そういうことをコツコツと積み上げてきました。4年間のそうした取り組みを通じ、自分たちの生活と政治、そして自治体がつながっているという感覚を多くの人たちが得ていったのではないかと思います。
また、自治体として当たり前のことを当たり前に実行してきたことへの安心感や信任も大きいと思います。国政で右傾化が進むいま、岸本区政に希望を感じてくださっている人が全国的にいらっしゃると思いますが、まずは自治体として当たり前のことをしっかりと進めることが大事です。
そして、投票率を上げることは、私たちが一貫して注力してきたことでもあります。杉並区長選は、統一地方選や国政選挙と重ならない単独選挙という困難な条件があります。しかし、前回は前々回から5ポイント、さらに今回も5ポイントと、2回の選挙を通じて10ポイントも投票率が上がりました。選挙の大事さについて多くの人がいろいろなレベルで発信しているのが今の杉並区の景色です。
日本では近年、自治体でも国政でも全体的に投票率が低い。政治や政治参加への不信が根深い社会です。しかし、この不信の構図は私たちの努力によって、足もとから変えられるかもしれない、そう感じられる結果でした。
地域から民主主義を修復するという日常の実践が、見えやすいかたちで成果につながりました。そして、このミッションは他の地域でも実現できると示せたこと、それが、当選したこと自体より何倍もうれしいです。
「対話の区政」の深まり
――分断の広がりが指摘される中、「対話の区政」はそれを乗り越える象徴的な言葉と感じます。変化への手応えはありますか。
岸本 さまざまな形で、確実に動き始めています。たとえば、いま制定を目指している(仮称)ジェンダー平等に関する条例はすべての人が自分らしく生きることが認められる社会、安心して生きられる社会をつくるためのものです。その大事さは今回の選挙戦でも痛感したことです。
さまざまなマイノリティの人が発言してくれました。特にセクシュアルマイノリティの若者たちがみずからマイクを握ってくれた。名前や顔を明かして多くの人の前で話すことは、かれらにとって危険なことでもあるのです。それでも、杉並区に住んでいる自分が言おうと思った、言えると思った、言いたいと思った。声を上げられない仲間、この社会にいることを許されていないと感じている仲間に肩を貸したい。たくさんの若者が、そういうスピーチをしてくれました。それを聞いたとき、多様性と人権を尊重する姿勢を自治体が当たり前に示していくことで、こうした若者たち一人ひとりに希望、尊厳、安心を届けられたと、心から理解できたんです。マイノリティの当事者が安心して自分らしく暮らせる社会は、結果として、マジョリティも含めた、すべての人が安心して生きられる社会です。これが自治体のミッションなんだって、選挙戦を通じてとても感じました。このような取り組みが、小さなレベルでも、大きなレベルでも進んでいます。
私たちが掲げる「対話の区政」について、「岸本区長のイデオロギー」と言われることもありますが、そうではありません。住民の参画と協働をうたう杉並区自治基本条例の理念そのものでもあります。私たちはそもそも対話のない社会の弊害のなかで生きていて、その極限が戦争です。
今回の選挙で公開討論会の場がたくさんできたことは、対話のリアリティを考えるきっかけになりました。公開討論会で他の陣営の方たちとも対話できたことで、共通に大切だと思えること、お互いの信念などを理解しあい、リスペクトしながら政策的な議論をたたかわせることができました。私たちには、そうした材料を市民に提示する責任があるんです。「なんで投票に行かないんだ」と政治家が言うのではなく、政治家が変わればみんな投票に行く。その中核にあるのが対話なのだと思います。
日本の選挙に新しい峰を築く
――今回の選挙戦では、政党の推薦を受けないこと、そしてネット広告を一切出さないという姿勢を示されたことが話題になりました。岸本さんが目指す政治スタイルを象徴しているとも思います。どういう価値を実現しようとしたのでしょうか。
岸本 実は今回、立候補するかどうか自体を、かなり遅い時期までためらっていたんです。
私は無所属ということもあり、選挙での支援をめぐって、当選後もその関係性に葛藤を感じていました。首長は選ばれればその自治体の代表者になります。選挙で私に投票しなかった住民にとっても私は代表者です。でも、そこが一筋縄ではいかない局面も少なくありませんでした。
もともと海外で研究活動をしていたので、私よりしがらみのない政治家はあまりいないと思うのですが(笑)、それでも選挙への支援を通じて、しがらみは構築されます。しかし、全住民の福祉のために施策をまとめていくべき立場にある首長は、その関係性からなるべく自由であったほうがいいと思うんです。これは日本の地方自治における政治文化や選挙文化にかかわることだと思いますが、政党や団体が支持することで有力候補が決まり、当選後はその政党や団体の利害を反映した政策を実施していくということが普通に行なわれています。そうした利害関係を持たない市民が政治を遠く感じるようになり、無関心になるのは当然です。つまり、この政治文化こそが低投票率の根源です。そして、私自身がそれに加担し、そのシステムの一部になるのはどうしても耐えがたかったのです。
選挙で勝つために票読みをして、政党や団体に挨拶回りをして電話がけをして手紙を書いて、今はネットに広告も出し、動画広告も作って……と、そういうことはやりたくないと言うと、そんな選挙は成り立たないとアドバイスされる。そういうのは何もかも違うのではないかと感じられて、立候補する気持ちになかなかならなかったのです。かなり精神的に追い詰められていた気がします。
そこで私は、自分の信じるやり方でやる、それができないのなら選挙に出ない、と率直に仲間に相談したんです。それが、誰にも頭を下げない、「お願い」をしないという基本方針につながりました。それぞれが背負える分の責任だけを背負って、ずっと笑顔でいられる楽しい選挙をやろうということになって、それなら出よう、と思えました。
ネット広告の不使用を決めたのは、その少し後です。広告には「お金をかければかけるほど効果が出る」なんて言われていた。今年2月の衆院総選挙のとき、自民党の高市総裁の動画が億単位で再生されたと話題になりましたよね。でも選挙って、そんなふうにしちゃいけないんじゃないの? って思いました。国政が資金力と広告で決められていく状況に強い危機感を抱いたので、小さな抵抗として、広告を使わないと宣言することにしたんです。
ネット広告を使わないと宣言することで、有権者に、選挙って広告が使われていたんだと認識してもらえることにもつながりました。自分のSNSでのタイムラインや、動画サイトに広告が出てくるメカニズムを知らない人は、高齢者だけでなくたくさんいるはずです。宣言には大きな勇気が要りましたが、デジタル・デモクラシーの第一人者である内田聖子さん(編集部注・2022年に続き選対本部長を務めた)の影響は本当に大きかった。「やっぱり、うちらがそれをやっちゃダメだよね」と決められた。
では、広告を使わずに、どうやって私たちの考えを広めていくのか。それは区民の間の共感しかないと考えました。もともとSNSは十分活用してきましたが、公開討論会をやってほしい。政党の推薦などより、政策議論で区民に判断してほしい。政策議論を主役に据えるために公開討論が開催される場合、「私は必ず参加します」と宣言しました。そうして、「政策で選ぶ選挙へ」「公正でひらかれた選挙へ」「攻撃・ハラスメントを許容しない選挙へ」という3つのポリシーが固まりました。ここまで実現できれば、もう勝ち負けなんて関係ないよね、という気持ちになり、びっくりするほど楽しい選挙になりました。選挙文化に新しい峰をつくれたと思っています。
子どもたちのことが1丁目1番地
――選挙公約の1番目に、子どもの視点で子どもの育ちをつくることが掲げられていました。次世代への政治の責任をどう担うのか、考えをお聞かせください。
岸本 基本的にこれは、自治体が子育て支援支援のメニューや給付金の額を競い合うような視点で掲げているわけではありません。そもそも、医療費・給食費・公教育の無償化、あるいは制服や修学旅行費の補助といったことは、住む自治体によって差があってはいけないはずです。憲法26条の義務教育無償の原則に基づき、本来は国の責任で全国一律に保障されるべきものです。でも現実はそうなっていないから、自治体が独自に進める必要があるわけです。
自治体としては、教育環境の整備を進めることが第1の責任です。1期目の就任から1年して、教育委員会から組織内の不適切事案についての公益通報がありました。言うまでもなく、教育委員会は首長の直轄ではない独立した組織なので当初は実態が見えませんでしたが、通報の後、新たな教育長をお迎えした上で、不適切事案の検証のための委員会を立ち上げ半年間にわたる調査を行ないました。それによって、教育委員会がハラスメントを含めた組織文化の大きな課題を抱えていたことが明らかになりました。設置した検証委員会には、区長部局から政策経営部長と総務部長という2名のトップにも参画してもらい、教育委員会改革の基盤を教育委員会と区長部局とが協力して構築することができました。ここまでで就任から2年です。その間にも、いじめの認知案件はたくさんあり、重大事態の件数も増えていきました。そしてそれらの調査を含め、子どもや先生たちを支える専門職の圧倒的な不足を認識しました。いじめの重大事態の調査を担う外部人材を大幅に拡充しました。いじめに限らずさまざまな困難を抱える子どもたちに寄り添うスクールカウンセラーなどの専門職やボランティアの存在はますます重要となっています。処遇改善等、安定した人材確保をどのように進めていくか、現在の教育委員会はそのことに強い問題意識を持っています。杉並区内にはおよそ1000人の不登校の子どもたちがいます。子どもたちが学校で幸せを感じられていないことは、本当に大変なことです。
区長である私の役割は、子どもたちのための環境を作ることです。学校を土台から支えるための大胆な予算配分が必要です。未来を担う子どものことが1丁目1番地です。子どもの死因で自殺が第1位になるような異常な構造を、自治体の現場から変えなければなりません。杉並区では子どもの権利を擁護する条例を2025年4月から施行し、子どもの権利相談・救済窓口を開設しました。今日も子どもの権利救済委員が報告に来てくださったのですが、開設から9カ月で155件の相談が子どもと大人から寄せられています。
「生きられる都市」への制度的課題
――基礎自治体から改革していくうえでの壁や限界もあるかと思います。1期目の経験を踏まえ、都市の自治を深めていくうえでの制度的な課題についてお聞かせください。
岸本 課題は、1期目を経て明確に見えています。ここまでの4年間で、区役所の職員たちは、地域に出ていく中でより地域の人、さまざまなステークホルダーや当事者に会いに行くように変わりました。これも「対話の区政」です。介護事業者や保育園といった現場の人たち、区民の声を聴きとり、政策資源としてしっかり吸収していくことで、施策の精度が上がっていると実感しています。一方で、国によって決められていて自分たち自治体には決定権がないことが多々あります。私たちは、介護報酬は国で定められているし、子どもの数に応じた保育士の配置基準は自治体の努力だけでは変えられない。そういう中で知恵を振り絞って自治体にできることを考えた結果、「ケアする人をケアする」という発想は生まれました。
都市計画も基礎自治体の権限が限られている領域の一つです。道路建設などが典型ですが、住民生活にとって極めて影響の大きい事業であっても、基礎自治体が持つ権限は限られています。震災や戦災からの復興などが基礎自治体の区域を越えて進められてきた経過はあります。さらに共通の方向に社会が動いた高度経済成長からおよそ半世紀がたち、社会のあり様は大きく変わっています。民主的であるべき社会において住民の声によって計画が修正されるというプロセスはとても重要だと思います。現在の状況に照らした設計があっていいのではないでしょうか。
都市の再開発もそうですが、道路建設や治水事業は、たとえ補償を受けられるとしても、住民にとっては人生設計に関わる重大な出来事です。負担の受け入れのためには、社会的な重要性や意義についての丁寧な説明が不可欠です。その点で、住民に身近な基礎自治体は、国や都とともに汗をかくことができます。
都市計画のありかたはまさに転換点にあると思います。生活者として生きられる都市、人権が保障されて生きられる都市であることはもちろんですが、あまりに過酷な気候変動に直面している危機の時代において、そもそも生命として生きられる都市であるために新しい都市設計が必要であり、その重要な基盤は自然や緑となるでしょう。都市計画は気候危機時代に人が都市に住めるための変革を追求すべきだと考えています。
孤立させない自治の場へ
――これから2期目で取り組みたい課題、区民とともにどのような杉並を作っていくかという展望をお聞かせください。
岸本 まず取り組みたいのは「幸せづくり」、幸せと安心が両立するやさしい区政の実現です。これは、現代社会に蔓延する孤立・孤独、不安の対極を目指すものです。
そして、こうした抽象的な課題を庁内で共通の目的として進めるためには、政策の組み立て方をデータにもとづいたものへと変える必要があります。区民のウェルビーイングがどこまで達成されているかを客観的に見ていくことが必要です。価値観が多様な時代にあっても、心身や生活の健康、ウェルビーイングを高めることに反対する人はいませんよね。杉並区はスマートウェルネスシティという自治体のネットワークに加盟しました。データ活用は一つの自治体だけでは難しいですが、このネットワークで研究者集団とともにデータ連携と分析を行なっていきます。
独居高齢者の孤独と孤立は大きな問題です。これから高齢者が確実に増えていく状況のもと、いかに孤独を生み出さないようにしていくか。国際的な統計を見ても、日本の高齢者の孤立状況は明らかです。頼れる友人や家族がいない高齢者が増えていく状況に、地域社会で支え合える関係性を作っていくこと、それも幸せづくりの一つです。
孤独が減り、病気や介護の重篤化を防ぐことは医療と福祉の持続可能性を高めるためにも重要です。その観点から公共施設や公共交通も考えていく必要があります。
「対話の区政」を進めていく上で、デジタル・デモクラシーの観点も重要です。デジタル技術を生かして多様な意見や区民とのコミュニケーションを見える化し、政策づくりの過程も含めて地域社会にフィードバックしつづける。そしてしかるべき時に決定をしていく。新しく掲げた政策「杉並NEXT」を、これから4年間で着実に進めていきます。
――2期目の杉並での挑戦は、日本の自治と民主主義にとっても重要な体験となりそうですね。
岸本 杉並区で私たちがいい仕事をすることが大切だと思っています。この「私たち」は、区の職員だけでなく、地域社会のみんなという意味での複数形です。それがほかの自治体へと波及していき、学び、希望、エンパワーメントとなって届いていったら、うれしいです。
そのミッションを楽しみながら、責任を背負っていきたい。この「責任」は重苦しいニュアンスではなく、英語でいえばレスポンシビリティ、みずからの意思で主体的に引き受けたいもの。その意思を大事にしていきたいです。
――本日は当選直後のお忙しい中、ありがとうございました。

.gif)
