大阪ジャーナリズムは復活できるか

矢野 宏(「新聞うずみ火」代表・フリージャーナリスト)
2024/12/05

  特集「大阪デモクラシー 維新政治の先へ


 兵庫県議会に不信任決議を突きつけられた斎藤元彦氏が、11月17日、知事に返り咲いた。劣勢から押し上げたのがSNS(ネット交流サービス)。斎藤氏失職のきっかけとなった告発文書問題をめぐる報道が「偏向している」という批判も噴出、メディア不信も斎藤氏の再選を後押しした。

飛び交う偽情報とマスメディア批判

 投開票日1週間前の11月10日、兵庫県尼崎市の阪急塚口駅前。日曜日の夜にもかかわらず、数百人もの聴衆が集まっていた。午後七時過ぎ、斎藤氏が姿を見せると大きな拍手が湧き起こった。

 「厳しいマスコミ報道が過熱する中で、石を投げられ、殴られるのではないかと怖かった。だが、皆さんが幸せに暮らしていけるような県政をやってきた。間違っていない。絶対に辞めるわけにはいかない。この半年間、歯を食いしばって頑張ってきました。斎藤元彦を引きずり下ろそうとした県議会、そしてメディアの偏向報道に対し、私は絶対に負けるわけにはいかないのです」

最後は「サイトウ」コールに包まれた。

 「敵」の存在と自身の正当性を繰り返し強調する斎藤氏。だが、失職したのは、パワハラ疑惑などを内部告発された問題への不適切な対応が要因ではなかったか。

 告発は匿名でなされたのに、斎藤氏は副知事らに「告発者捜し」を指示。記者会見で告発内容を「うそ八百」「公務員失格」などと決めつけ、公益通報窓口にも通報した元西播磨県民局長をその調査結果を待たず懲戒処分にした。県議会は調査特別委員会(百条委員会)を設置、調査に乗り出した。日本維新の会の県議が、元局長の公用パソコンの中にあった個人情報の公開を要求。元局長は七月、自ら命を絶っている。

 百条委で道義的責任を問われた斎藤氏は、「道義的責任が何かわからない」と開き直った。県議会は知事としての資質に欠けていると全会一致で不信任を議決。斎藤氏は県議会の解散や辞職を選ぶことなく、9月30日付で失職、出直し知事選に立候補する道を選んだ。しかし、その事実経過すらSNSに拡散されたデマがひっくり返した。

 斎藤氏再選の翌18日、在阪メディアはSNSなどネットを活用した戦略が奏功したと報じた。「既存のオールドメディアの敗北だ」と主張するコメンテーターもいた。

 SNSでは「斎藤氏は既得権益と戦う改革派知事で、むしろ被害者だった」とのストーリーができ上っていた。

 そのストーリーを積極的に拡散したのが、政治団体「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志氏(57)だ。自らの当選ではなく、「斎藤氏をサポートしたい」と知事選に立候補した。立花氏のユーチューブの登録者数は64万人、500万回視聴を超える動画もあり、その発信力は強力だった。

 立花氏は元局長のプライバシーをスクープとして打ち上げ、ネットに拡散することで「斎藤氏は元局長のプライバシーを守るためにかばった。パワハラなんてなかった」とのイメージを作り上げた。街宣でも斎藤氏の演説の前後に同じ場所で演説を行ない、元局長のプライバシーを暴露しながら、「斎藤氏は既得権益を守りたいメディアや県議会などに陥れられた」との演説を繰り返した。

 ネットの世界はデマや誹謗中傷、陰謀論が飛び交う野放し状態。一方、メディアは選挙期間中、公職選挙法や放送法の「政治的公平」に縛られ、投票行動のための有益な情報提供ができなかった。SNSに撹乱され、「何が真実かわからない」と戸惑う有権者に応えることもできなかった。

 メディアはなすすべもないのか。ヒントになるのが、沖縄知事選に関する情報のファクトチェックだ。例えば、2018年9月の沖縄県知事選をめぐり、琉球新報はネット上で広がる情報がデマやうそ、フェイク(偽)情報かどうかを検証する「ファクトチェック・フェイク監視」を随時掲載した。この取り組みは第二三回新聞労連ジャーナリズム大賞を受賞、選考理由にはこう記されている。

 「知事選を通じて広がった情報の真偽を検証する『ファクトチェック』に取り組み、デマや誹謗中傷によって有権者の判断が歪められない環境を作るための紙面を展開した。選挙戦の後も、根拠なき情報がSNSなどを通じて瞬時に広がる現代社会の実態を明るみにする企画を続けており、新聞ジャーナリズムに期待される新たな役割を先駆けた功績は大きい」

 有権者に正しい情報を伝える沖縄のジャーナリズムに学ぶべきではないか。

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矢野宏

(やの・ひろし)1959年生まれ。「新聞うずみ火」代表・フリージャーナリスト。元黒田ジャーナル記者。著書に『大阪大空襲訴訟を知っていますか』、『空襲被害はなぜ国の責任か』、『大阪空襲訴訟は何を残したのか』(共著、以上、せせらぎ出版)、『関西電力と原発』(共著、西日本出版社)ほか。

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