[巧妙な網]軍事化されるアカデミアへの警鐘

井原 聰(東北大学名誉教授。科学史・技術史)
2026/10/19

はじめに

 2027年度の防衛省概算要求は過去最高の8.9兆円となり、「戦争をする国づくり」が予算面からも進行している。2026年12月には安保三文書の改訂も予定され、「新しい戦い方」「反撃能力の具体化と整備」「防衛関係費の水準と財源の見直し」「武器輸出推進」「継戦能力の確保と組織改編」「日米指揮統制・連携の深化」「核抑止」「抑止戦略」などが議論されている。

 こうした軍事力の拡大については、メディアもさまざまに論じているが、十分に論じられていないのが、科学・技術政策を通じたアカデミアの編成替えである。大学や研究機関を研究資金、研究テーマ、研究者、研究情報、研究成果の管理などを通じて、安全保障の論理を研究活動の内部に組み込んでいく動きが進んでいる。

 ここでは、自民党や財界の提言を出発点とした、安全保障技術研究推進制度、経済安全保障重要技術育成プログラム(K Program)、競争的研究費、「特定研究開発プログラム」、デュアルユース政策、重要技術戦略研究所、さらに研究者・研究成果を対象とする法・制度を検討する。そのうえで、今日進行しているアカデミアの「軍事化」を、軍事研究の増加だけではなく、研究体制そのものの制度的再編として捉え直したい。

自民党・財界の安保三文書改訂への提言

 自民党などによる提言では、大学・研究機関を安全保障上の研究拠点とし、人材交流、基礎研究、研究資金、スタートアップ、研究施設、技術実証までを一つの「研究エコシステム」として再編する方向が示されている。大学・国研(国立研究開発法人)と防衛装備庁・防衛産業との人材交流、大学等へのセキュアな防衛研究拠点の設置、防衛力整備上のニーズに基づく研究プロジェクト、基礎研究から技術実証までの研究、安全保障技術研究推進制度の充実、スタートアップの防衛分野への参入促進、防衛研究に必要な試験・実証施設の整備などを、一体の政策として要望していることから、大学・研究機関を含む研究体制そのものを、安全保障政策の要請に適合させようとする政策と見なすことができる。おそらく安保三文書のなかに盛り込まれるのであろう。

 日本のアカデミアは、戦争に科学者が協力した歴史への反省から、「軍事目的のための科学研究は行わない」という原則を貫いてきたが、このような提起は、この原則を正面から否定するというよりは、研究資金や制度設計を通じて、軍事研究と民生研究との境界そのものを変化させようとしている。ここに今日の問題の特徴がある。

「軍事化」をどう捉えるか

 「軍事化」にはさまざまな定義がある。本稿では、科学技術分野の軍事化を、国家や社会が軍事費を拡大し、軍備・軍事力を拡張するとともに、諸制度を軍事・安全保障に適合させ、さらに思想や文化を軍事に向かわせる過程として捉える。そのうえで、大学、国研などの研究機関、研究者、学会を含むアカデミアについて、教育・研究目的、研究資源の配分、研究成果の社会実装、成果の公開・秘匿、特許、セキュリティ、研究デューディリジェンス、研究インテグリティ、研究評価、研究文化、国際交流などが、防衛・安全保障上の国家戦略に適合するよう制度的に再編されていく過程を、軍事化の一側面として捉える1。

1 Anna Stavrianakis, “Militarism,” in James D. Wright (ed.), International Encyclopedia of the Social & Behavioral Sciences, Second Edition, Elsevier, 2015, pp. 490–494.を参考にした。

 ここでいう「軍事研究」は、武器や防衛装備品の開発、軍事への直接的な応用を目的とする研究を指す。したがって、軍事化と軍事研究は同義ではない。ある研究が直ちに軍事研究でなくても、研究資金の配分、研究者の評価、情報の管理、成果公開の範囲などが安全保障上の基準によって変化すれば、研究環境そのものが軍事・安全保障の論理に近づく可能性がある。つまり問題は、研究者に軍事研究を直接命じるか否かではなく、研究者が「自主的」に研究課題を選択しているように見えても、その選択肢を形成する研究資金や制度が安全保障政策によって組み替えられていれば、研究活動の自律性は実質的に失われてしまう。

防衛研究参加の実態

(1) 安全保障技術研究推進制度──防衛研究への「ソフトな動員」

井原 聰

(いはら・さとし)東北大学名誉教授。科学史・技術史。著書に『経済安保が社会を壊す』(地平社)など。

2026年11月号(最新号)