【対談:三宅芳夫×大内裕和】新自由主義的再編と学歴教の危機(上)

三宅芳夫(千葉大学大学院社会科学研究院教授)、大内裕和(武蔵大学教授)
2026/11/02

三宅芳夫

(みやけ・よしお)1969年生まれ。千葉大学大学院社会科学研究院教授。専攻は哲学・思想史・批判理論/国際関係史。著書に『ファシズムと冷戦のはざまで』(東京大学出版会)、『世界史の中の戦後思想』(地平社)など。


大内裕和

(おおうち・ひろかず)1967年生まれ。武蔵大学教授。専攻は教育社会学。「奨学金問題対策全国会議」共同代表、「入試改革を考える会」代表。著書に『教育・権力・社会』『ブラック化する教育』(ともに青土社)など

日本の社会統合と「学歴教」

三宅 現在、日本では3年制大学への進学率が6割を超え、2030年には「全入」を迎える、とされています。また大学院も含めた高等教育の再編も語られている。近代日本において、大学を頂点とした「学歴」は、社会統合と統治への「同意の調達」の双方で決定的な役割を果たしてきました。また、ミクロな次元でも日本社会における「学歴」への個々人の拘り、アイデンティティは国際比較で見ても、かなり強烈なものがあります。

 フランスの社会学者のE・デュルケームは宗教に社会的統合の鍵を見出しました。その意味では、「学歴」は近代日本において宗教として機能してきたとも言える。もちろん、敗戦までは天皇制が公式の宗教ではあるわけですが、同時に学歴を通じた階層上昇という一種の「社会契約」が機能していた。後者の社会統合としての宗教機能は、戦中戦後を通じて21世紀の今日にまで至っています。

 ただし、学歴を通じた階層上昇という「社会契約」は近代日本だけのものではありません。建前上は身分制を廃止し、能力主義へ移行したと主張する資本主義体制ではどの地域でも観察できます。そこでまず、近代資本主義における教育制度を大きく俯瞰しておきたい。

 資本主義体制において、近代国家が教育制度構築に直接乗り出すのは、先進地域とされる英、米、仏、それにドイツでも19世紀末であって、これは実は日本の1872年の学制発布と大きな時差はない。具体的には初等教育+部分的な中等教育の無償化に乗り出すのは英国で1891年、フランスで1881年、そして州によって若干の時差があるアメリカとドイツは19世紀末から20世紀初頭です。さらに、大学や工科専門学校のような高等教育制度の整備がそれに続く。つまり、初等・中等、そして高等という教育制度の大規模な出現は20世紀型資本主義に対応したものだった。要するに、フォーディズム型のブルーカラー労働者養成(初等・中等)、大規模株主会社の管理職ホワイトカラー(高等教育)という分担です。それに徴兵制を前提とした社会では兵士になるための訓練としての初等教育が不可欠になる。

教育が約束した階層上昇

三宅 これを資本主義体制への社会統合という側面から見てみましょう。W・シャイデルの『暴力と不平等の人類史』が主張するように、世界のどの地域でも資本主義が進行すると、経済格差は拡大します。しかし、同時に身分制の形式上廃止と経済成長および技術革新によって、生活水準の上昇と中間層(かつての非貴族層)の階層上昇がもたらされる。この階層上昇を大規模に保証したのが教育制度、ということになる。

 例えば、日本の場合、経済格差の基準(ジニ係数)だけ見れば、江戸時代より明治以降、昭和に至るまで不平等は拡大しています。しかし、台湾・朝鮮をはじめとした東アジアへの帝国主義的拡大を前提として、経済規模は拡大し、人口も倍になった。そして江戸時代の身分制を形式上廃止して――天皇を中心とした華族、被差別民は例外として――「新平民」の階層上昇への道は開かれたことになる。「末は博士か大臣か」という言葉がその象徴ですね。

 敗戦によって、海外植民地を全て喪失しながらも――同時に海外資産の蒸発・ハイパーインフレなどによって経済格差も圧縮された――朝鮮戦争を機に回復基調に入った日本経済は、1955年には「もはや戦後ではない」となり、その後オイルショックの1973年まで高度成長に突入していく。この過程で、学歴を通じた階層上昇はマクロには一世代ではなく、二世代、場合によっては三世代にわたったことが想定される。例えば、親が小卒(戦前の場合)、子どもが中卒ないし高卒、そして孫が大卒というパターンです。この場合は、かなりの範囲の中間層にとって、学歴の上昇と所得および社会的地位の上昇が結びついた、と受け取られた。また、オイルショック後の所謂低成長時代にも1990年代に入るまでは大卒ホワイトカラーの雇用はかなり安定していました。

 ここで注意しておく必要があるのは、同じ高度経済成長期にも、欧州と異なり、日本では福祉国家が成立せず、企業福祉社会となったことです。つまり、教育・住宅・年金などの公的インフラは国家が普遍的に提供するのではなく、大企業に所属するかどうかで大きく左右された。そして大企業に入るための条件が「学歴」だった。とりわけ、旧帝大をはじめとした有力大学です。これが東大を頂点とした、日本独特の偏差値主義の圧倒的前景化へとつながっている。

 ところが、1980年代には始動した新自由主義的再編は、「終身雇用・年功序列」型の安定した雇用を劇的に縮小させつづけました。例えば、非正規雇用の激増です。1980年代の15%台から2000年代初頭には30%を超え、2015年前後には3割近くまでなった。ここから現在までの10年間は高止まりしていますが、正規雇用の劣化は目を見張るものがある。例えば、かつての年功序列型賃金が極小化し、給料がほとんど上がらない、昇進の可能性がほぼない、にもかかわらずリストラで仕事量は増える、などなど。また一定の年齢に達すると早期退職の圧力も加わります。また昨今は収益が上がっているにもかかわらずリストラへと踏み切る、いわゆる「黒字リストラ」も横行している。

 こうした新自由主義的再編の中で、親と同じ大卒、あるいは親が高卒、子どもが大卒であるにもかかわらず、親世代よりも所得や社会的地位、さらには将来への不安、という点で上昇というよりも下降している、というケースが多くなっている。これは、学歴を通じた階層上昇という「社会契約」を根本から脅かす事態です。実際、わかりやすい数字で言えば、1990年初頭と現在の世帯所得中央値は130万前後下がっている。これはまさに「中間層解体」の徴候です。

 一般に支配は、M・ウェーバー、そしてA・グラムシが指摘したように、強制力と「正統性」、さらに「同意の調達」の組み合わせです。すべてを物理的強制力=治安権力に頼ることはコストがかかりすぎる上に非常に不安定な事態を招く。近代日本の場合は、学歴を通じた階層上昇が幅広い中間層からの「同意の調達」として機能してきた。これが根本から揺らいできています。デュルケーム的に言うと、社会統合の要であった学歴教の危機とも言える。

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『地平』編集部

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