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浮上した核融合発電計画
核融合というコトバで「アレッ」と私の気がそれたのは、前々回の自民党総裁選があった2021年9月、菅義偉首相の辞意表明を受けて岸田文雄、河野太郎、高市早苗の3氏が後継を争っていたときだった。テレビニュースをBGMにしてパソコンを相手にしていたとき「これからのエネルギーは小型核融合炉です」という演説が耳に入ってきた。「何をとぼけたことを」と思いながらセリフの主を確認すると高市氏だった。「どうせお役人に調子のいいことを吹き込まれたんだろう」で、その時は済ませていた。
私が大学の原子力工学科に入学したのは1969年の春で、日本最初の本格的な軽水炉である敦つる賀が1号機が営業運転を開始したのは翌年3月だった。大学の講義では、「原発はフェイルセーフ、フールプルーフの考え方で設計されており、最悪の場合においても大事故にならないようにできている」、「いま作られている軽水炉はつなぎのタイプで、2000年にはすべて高速増殖炉になり、21世紀の中頃には核融合炉が主役になる」と習った。いま思うに、当時の原子力工学科の先生がたも原発のことはよくご存知ではなかったようだ。原発が大変な危険物であることは、1979年の米国スリーマイル島事故、1986年の旧ソ連チェルノブイリ事故、2011年の福島原発事故が事実で示した。核燃料を自分で増やしながら発電できるという触れ込みの「夢の高速増殖炉」は、日本を含め世界中の計画が頓挫した。
核融合の研究が進められていることは学生時代から承知していたが、「核融合発電が実現できそうだ」とは聞いたことがなく、基礎研究をやっている分には私が目くじらを立てることもないだろうと思っていた。
何やら怪しげな雲行きを感じたのは、2022年の夏のことだった。菅首相の後を引き継いだ岸田首相がGX(グリーン・トランスフォーメーション)実行会議というのを立ち上げ、原発は減らしていくという従来の方針を見直し、再稼働、新増設、次世代革新炉など、原発を積極的に利用する方向に転換すると報じられた。GX戦略では、官民合わせて10年間に150兆円を関連産業に投資するそうで、驚いたことに、そのロードマップに次世代革新炉のひとつとして核融合が入っていた。核融合発電原型炉の詳細設計を2025年に開始し、2030年代に建設に着手するそうだ。
国際協力で核融合実験炉イーター(ITER)がずいぶん前からフランスで建設されていることは承知していたが、イーターでは発電はしない。というより、核融合で解放されるエネルギーを使って発電する技術を私たちは持ち合わせていない。何か特段のブレークスルーでもあったのかと思って、専門誌やネット情報をチェックしてみたが、そんな技術革新は見当たらなかった。しかし、やたらと「もうじき核融合発電が実証される」といったネット記事やら、「核融合発電に向けて着々と進んでいる」といった動画が出てきた。NHKや民放テレビでも「核融合発電がもうじきできそう」といった特集に出くわした。
本稿では、核分裂・核融合、原爆と水爆といった基礎的な事柄からはじめて、あらためて「目くじらを立て」ながら、核融合発電には「乗り越えられるかどうか定かでない」難題の数々があることを指摘しておく。

核分裂と核融合
私たちが住んでいる世界は物質で構成され、物質を分解していくと「それ以上に分けられないものである元素」に行き着く。逆に言えば、私たちの物質世界は、水素、酸素、炭素といった元素の組み合わせでできている。19世紀のはじめ、各元素はそれぞれ特有の粒子、つまり原子でできているという説が提唱された。19世紀中頃に原子の重さが小さい順に元素をならべると、周期的に似通った性質の元素が出てくる表、いわゆる周期表が提唱された。スイ(水素H)、ヘー(ヘリウムHe)、リー(リチウムLi)、ベ(ベリリウムBe)、ボ(ホウ素B)、ク(炭素C)、ノ(窒素Nと酸素O)、フ(フッ素F)、ネ(ネオンNe)は、周期表の1番から10番までの元素で、地球上に普通に存在する元素でもっとも大きいのは92番のウランUである。
原子の構造がどうなっているかは19世紀には謎であったが、1895年にレントゲンがX線を発見したことをきっかけに、徐々に明らかになっていく。1932年に中性子が発見され、原子の基本的な構造も判明した。原子の中心には原子核があり、原子核には正の電荷をもつ「陽子」と、ほぼ同じ大きさで電荷のない「中性子」が集まっている。陽子や中性子は「核子」とも呼ばれる。原子がどの元素に属するかを決めているのは、原子核内の陽子の数で「原子番号」と呼ばれる。電気的に中性の原子では、原子核の周囲に「原子番号」と同じ数だけ、負の電荷をもつ「電子」が存在している。電子の重さは陽子・中性子の1800分の1なので、原子としての重さは原子核に集中している。ちなみに、原子の大きさはおよそ1億分の1センチで、原子核の大きさはその1万分の1のおよそ1兆分の1センチである。陽子の数と中性子の数を合わせたものは「質量数」と呼ばれる。ウラン235の235は質量数で、その原子核には92個の陽子と143個の中性子がある。ウラン238では146個の中性子である。原子番号が同じ、つまり周期表で同じ位置にあり中性子の数が異なっているものは「同位体」と呼ばれる。
陽子どうしの間にはプラスとプラスの電気的な反発力が働いているが、それでも原子核がバラバラにならないのは、中性子を含めた核子の間で「核力」という強い引力があるためだ。ただ、核力は原子核内の短い距離にしか働かず、原子番号が大きくなると原子核という塊を維持するにはより多くの中性子が必要となる。たとえば、酸素16では、陽子数対中性子数=8対8だが、ウラン238では92対146と中性子のほうがかなり多い。
1938年、ドイツのハーンらはウラン原子に中性子を当てる実験をしていて、原子番号56のバリウムができているのを発見した。92番に中性子を当てて56番ができていることの解釈に困ったハーンは、同僚の物理学者で当時ナチスの迫害をさけてスウェーデンに亡命していたマイトナーに手紙を出して意見を求めた。マイトナーのところには同じく物理学者の甥っ子であるフリッシュがたまたまクリスマス休暇で来ており、二人で議論した結果「ウランの原子核が中性子を吸収して2つに分裂した」という説明に思い至った。核分裂発見のニュースは、またたくまに世界中に広がり物理学者を興奮させた。マイトナーは、ウランの原子核が2つに分裂し電気的反発力で飛び散る際に解放されるエネルギーを約2億電子ボルト(注1)と見積もった。炭素の燃焼、つまり《炭素(C)+酸素(O2)→二酸化炭素(CO2)》という化学反応で発生するエネルギーは約4電子ボルトなので、その5000万倍である。重さで比較すると1グラムのウランの核分裂エネルギーは、200万倍つまり2トンの石炭の燃焼に相当する。