錬金術師たちの宴――五輪と万博

山岡淳一郎(ノンフィクション作家)
2024/12/05
Eric Akashi - stock.adobe.com

  特集「大阪デモクラシー 維新政治の先へ


神宮外苑再開発――東京五輪の「最後の果実」

 2024年11月半ば、東京・明治神宮外苑を訪れると、取り壊された神宮第二球場のまわりに白いフェンスが張りめぐらされていた。空がひらけ、新宿の超高層ビルが見える。そこに生えていたケヤキやスダジイの巨木が伐られ、遮るものがなくなったからだろう。

 三井不動産と宗教法人明治神宮、独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)、伊藤忠商事の4社コンソーシアムは、神宮外苑の再開発を粛々と進めている。

 「伐採する樹木の数は619本です。いっとき、1000本もの木を伐るな! と批判され、少し減りました。今後、野球場とラグビー場を入れ替えて新築し、伊藤忠の敷地に高さ約190メートル、文部科学省が所管するJSCのエリアには高さ約185メートルの超高層ビルを建てて、野球場にはホテルも併設する。再開発を仕切っているのは三井不動産です」と大手デベロッパーの元幹部は言う。

 この総事業費約3490億円の再開発は、新国立競技場を建てて開催した「東京2020オリンピック・パラリンピック(以下、東京五輪)」の最終目標である。

 2021年7月、ときの総理大臣、菅義偉は、コロナ禍のなか「ワクチン接種の効果」を強調し、無観客で東京五輪を断行した。8月初旬までの五輪開催中に、全国の一日の新規感染者数は3000人台から1万5000人台へと爆発的に増えた。

 会計検査院の調査では、五輪関連の大会経費は当初の見込み額の約5倍、3兆6845億円に膨らんでいる。2022年には五輪のスポンサー契約をめぐり、電通出身の大会組織委員会の元理事らが受託収賄や贈賄で逮捕、起訴されたが、組織委の委員長を経験し、スポーツ行政に絶大な力を持つ元総理、森喜朗に司直の手は伸びなかった。

 こうした醜聞にまみれた国家プロジェクトの「最後の果実」が神宮外苑の再開発なのだ。

 五輪の開催を名目に、公共性の強い地域の建築規制を緩め、事業者に青天井で高いビルを建てさせて巨利をもたらす。「都市再生」の名を借りた空間の錬金術である。

連動する大阪万博、カジノ、IR

 いったい誰が、どのように仕切ったのか……。

 明治神宮外苑から西へ、直線距離で約410キロ離れた大阪北港の「夢ゆめ洲しま」では、次の国家プロジェクト「2025年大阪・関西万博(以下、大阪万博)」の会場を建設する槌音がこだましている。

 夢洲は、廃棄物や建設残土、浚渫土砂などの埋め立てで出現した人工島だ。350億円かかる大屋根リングは完成したが、地盤は軟弱で沈下する。メタンガスが溜まって爆発事故も起こった。2025年春から秋の開催時期には台風が襲来し、猛暑に見舞われるだろう。

 運営主体の日本国際博覧会協会(会長・十倉雅和)は、大規模災害が発生した場合には最大15万人が会場に3日間留まることになると想定し、60万食を備蓄すると発表した。が、雨風が吹き込む大屋根リングでは役に立たない。どこに避難するのか。懸念は募るばかりだ。

 その一方、万博会場の隣の工区では、米国のMGMリゾーツの日本法人とオリックスが出資する「大阪IR株式会社」が、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)の開業に向けて準備工事を始めた。夢洲を舞台に万博とIRは連動している。

 もとをただせば、「大阪維新の会(以下、維新)」を創設して大阪府知事、大阪市長を歴任した橋下徹や松井一郎が、先に目をつけたのはカジノだった。

 維新は、2013年にIRの推進に向け、政府が指定した地域と事業者にカジノの運営を認める法案を衆議院に提出した。しかし、ギャンブル依存症の増加や、資金洗浄にカジノが悪用される恐れもあり、カジノ解禁法案は審議されず、2014年2月、撤回に追い込まれる。同年4月に、維新が実権を握る大阪府と大阪市は、共同の準備会で、IRの立地候補に「夢洲を軸とした大阪市内のベイエリア」を提示した。夢洲とIRが結びつけられる。

 とはいえ、カジノ解禁の壁は厚い。大阪府知事の松井は、万博は「日本、大阪の成長の起爆剤」になると唱え、国家プロジェクトの誘致へとターゲットを移した。そして、夢洲を万博の候補地に浮上させる。その意図を、阪南大学教授で都市政策に詳しい桜田照雄は、こう読み解く。

 「夢洲が万博会場に決まったのは、松井知事の“鶴の一声”によってです。民間のコンサル会社に委託した2014年度の調査では、夢洲は北の舞洲との橋、南は咲州との海底トンネル道路の2ルートでしか陸地とつながっていない交通アクセスの悪さを指摘され、2015年度の調査では候補地にも挙がらなかった。だけど、松井知事は、交通の不便さを逆手にとり、国の支援を得られる万博を誘致すれば、大阪メトロを夢洲まで延伸できて、上下水道や電力設備などのインフラ整備も円滑に進むと判断して、2016年に夢洲を推す“鶴の一声”を発したのです」

ここから有料記事

山岡淳一郎

(やまおか・じゅんいちろう) ノンフィクション作家。1959年生まれ。著書に『ゴッドドクター徳田虎雄』(小学館文庫)、『ルポ 副反応疑い死』(ちくま新書)、『コロナ戦記 医療現場と政治の700日』(岩波書店)ほか多数。一般社団法人デモクラシータイムス同人。

latest Issue

Don't Miss