本誌1月号の「ドイツ連立政権崩壊」報告の結語として以下のように記した。
「ドイツの次期政権が、トランプ再選で奈落の淵にたつ西欧の民主主義をどれだけ堅持できるかは覚束ない。今、世界は1939年の夏以来の危機にあるからだ」
これは昨年11月6日の米トランプ大統領再選と、よりによって同日に起こったドイツの連立政権崩壊の翌週に執筆したものだ。
その後、残念ながら情勢はこの通りになっている。本年1月20日のトランプ大統領の就任と、2月23日のドイツ総選挙を経た四カ月後の現在、世界情勢は奈落の瀑布へ向かう急流のごとき勢いで悪化を続けていることがベルリンでも日々実感される。
本年は先の大戦終結から80周年を迎える。日本やドイツからすれば紛れもない「敗戦80年」であって、「終戦」といった主体性を欠く表現は当たらない。戦争は人間が故意に起こすものであり、地震や津波あるいは火山の噴火のような自然現象ではなく紛れもない人災だからだ。 以下、この視点から現状報告をしたい。
ショルツ政権の成果
社会民主党、緑の党、自由民主党の3党によるドイツの連立政権が、それまで16年も続いたメルケル政権を引き継いだ2021年9月の総選挙当時は、前年から猖獗(しょうけつ)を極めたコロナ禍も、巨額の緊急臨時予算による対策などで峠を越えた時期であった。
当 時、わたしの住むベルリンでも、高齢者は広大な見本市会場に設けられたワクチン接種場までタクシーでの送り迎えのサービス付きで、すべて無料であった。同年5月に2度目の接種を済ませたが、コロナで失業状態のタクシーの運転手も例外なく「本当に助かる」と言っていたものだ。
変異を続けるウイルスに対抗する2つ目の新ワクチンは通常のインフルエンザワクチンと同じく、隣のホームドクターのところで終えたが、これが9月の初めであった。このおかげで、本誌編集長が当時まだ勤務していた『世界』誌に総選挙と新政権に関する報告を落ち着いて報告することもできたのであった。当時、この国の技術力と経済力および組織力にあらためて驚いたものだ。
余談だが、世界中で報道され揶揄された「アベノマスク」による日本政府の失策との落差も極端であった。ただこの報道がきっかけになり、世界中にもっと効果的で上質なマスクが普及した。怪我の功名といえよう。
さて、社会民主党首班のショルツ政権は、緑の党も16年ぶりに政権参加し、非常に進歩的な連立協定を結んで発足した(注1)。残念ながら発足当時は予期できなかったロシアのウクライナ侵略のあおりを受ける財政難の中、あくまで緊縮財政を主張して「連立内野党」となった自由民主党との内紛で、任期を半年残して連立が無残に崩壊してしまったことは本誌一月号で報告した。
とはいえ、大きな進歩もいくつかは実現できている。その1つは昨年7月の国籍法の改正により、住民の約25%にあたる移民背景のある市民のうち、まだドイツ国籍を取得していない人々の二重国籍の取得が認められたことだ。これにより彼らの社会統合が大きく促進されつつある。難民として認定され、仕事にもついた多くの外国籍住民も国籍を早めに取得できることになった。
また、最大の成果は、2023年4月に最後の原子力発電2基が廃炉となり、ウクライナ戦争がもたらしたエネルギー危機で数カ月遅れはしたが、危険な原発からついに解放されたことだ。それと並行して、再生エネルギー発電の大幅な成長がある。2024年度の風力と太陽光などによる再生可能エネルギーの発電率は59%に達した。昨年度で23%未満となっている日本との格差は開くばかりだ。この分野では技術革新も目覚ましく、新政権下でもこの政策は続けられる見通しだから、数年内に発電率100%も視野に入る勢いだ。
一方で、昨年度末には二酸化炭素排出量が1990年比で半減した。主に化石燃料の削減政策の成功である。2045年までに大気汚染をゼロにする目標は半ば達成された。何といっても「太陽と風は無料で請求書もよこさない」のである。安価なクリーン電力によって社会と経済を支えることは、未来を見据えた時代の要請であり、避けることはできない。こうした成果はひとえに経済界と政治家の見識である。彼らの責任は大きい。