フッ素の社会史 PFAS問題の淵源—— (第1回)「夢の物質」の誕生

天笠啓祐(ジャーナリスト)
2024/07/05

フッ素――戦争と環境汚染の歴史

 フッ素化合物の歩みは、戦争と環境汚染、健康破壊の歴史である。

 環境汚染物質の代表といえば、オゾン層破壊をもたらしたフロンガスであり、また今日もっとも有名になった毒ガス兵器といえば「サリン」であろう。フロンとはフッ素と炭素の化合物であるフルオロカーボンの総称であり、サリンガスはリン酸のメチル化合物とフッ素化合物から製造される。

 そして人体汚染物質として、現在、大きく取り上げられているのがPFASであり、日常的に虫歯対策という名で子どもたちの口の中に入れられているフッ素洗口である。いずれも代表的なフッ素化合物だ。

 また、原爆開発に不可欠なウラン濃縮に用いられたのが六フッ化ウランであり、今日でも原発の稼働に欠かせないものになっている。

 フッ素はすぐ他の物質と化合してフッ素化合物となってしまうため、単独で存在することはほぼ不可能である。それほどまでに過激に反応する元素である。

 そんなフッ素化合物の本格的な登場や応用の広がりは、アルミニウム(以下アルミ)の精錬および原爆の開発と軌を一にすることは、あまり知られていない。

 アルミを精錬する際に排出されるフッ化水素というフッ素化合物は、そのあまりの有害性が問題になり、産業廃棄物としてどのように処理するかも課題となり、そこからフッ素化合物の一つの歴史が始まった。アルミとフッ素化合物は切っても切れない関係で、後述するように、今日、子どもたちの口内に含ませるフッ素化合物洗口(フッ素洗口)の出発点である。

 もう一つの代表的なフッ素化合物というと、「テフロン」の商標で有名なフッ素樹脂であろう。これも原爆開発が量産化の起点となった。軍事企業として名をなしていたデュポン社が開発したフッ素樹脂の歴史も、やはり軍事から始まっている。フッ素樹脂は、今日、PFAS問題としてクローズアップされている。

メロン財閥を誕生させたアルミ精錬

 アルミとフッ素化合物の歴史から見ていこう。

 アルミは1782年、フランスの化学者ラボワジェの「明ばん石は金属の酸化物」という発見から始まった。その後、その金属はアルミーヌと名付けられ、やがてアルミニウムという名称になった。アルミが単離され、製錬が始まるのは、1886年に電気を用いた精錬法が登場してからである。その電気精錬法を開発した米国の科学者C・M・ホールが1886年に設立したのが、アルコア社である。同社は、設立間もない1889年に米国ピッツバーグに本拠を置くメロン財団に融資を依頼し、世界最大のアルミ企業へと成長していく。

 この経済的成功の物語の背景で、アルミを精錬した際に生じる猛毒のフッ素化合物が当初から問題になっていたのである。

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天笠啓祐

(あまがさ・けいすけ)ジャーナリスト。市民バイオテクノロジー情報室代表。日本消費者連盟顧問。遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン代表。著書に、『新型コロナワクチン——その実像と問題点』(緑風出版)、『経済安保が社会を壊す』(共著、地平社)など多数。

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