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「気にしすぎ」ではない
参政党が台頭して久しい。神谷宗幣代表は、今年1月、「帰化人の方には申し訳ないけど、国会議員になってもらっては困る。スパイ防止法を作って、外国に情報や技術を流すような人たちを厳しく取り締まらなければならない」と街頭演説で語った。
このような、ジェノサイドにもつながる極右思想が支持されるのは、嫌韓を娯楽として消費する社会が、その暴力性を長期にわたって育ててきたからだろう。
参政党支持者による暴行事件は、市民団体「のりこえねっと」が確認し警察に受理されたものだけで、すでに3件ある。うち2件は危険な首絞めだった。街頭演説へのプロテストに行けば、「お前、チョンか?」「10円50銭と言ってみろ!」といった言葉が投げつけられる。後者は、言うまでもなく、関東大震災時に自警団が朝鮮人を見つけ出すために発していた“殺す側の言葉”(史実としては「15円50銭」だが)である。
高市政権の高支持率と参政党の躍進は、政治が差別をするぞと公に宣言したのと同じだ。ある在日4世の女性は、選挙の街宣車が通ると家から出ることができなくなり、ついにはストレスで耳が聞こえなくなった。
昨年7月には、週刊新潮のコラムで右派論客の高山正之氏が「創氏改名2・0」というタイトルで、作家の深沢潮氏を名指しして、「日本名で日本人をあたかも内部告発するような言い方は素直には聞けない。はっきり外人名で語るべきではないか。日本も嫌い、日本人も嫌いは勝手だが、ならばせめて日本名を使うな。」と書いた。
多くの作家らからの抗議を受けてコラムの連載は終了となったが、そのままの内容で右派出版社から単行本化された。ヘイトは今も垂れ流されつづけているのだ。
しかし、残念なことに、こうしたヘイトがそのターゲットにされた私たちにとってどれほどの恐怖か、それを一度も被差別者として生活した経験のないマジョリティに論理的に説明するのは難しい。
旧植民地出身者へのヘイトクライムは、戦後も途切れることなく続いてきた。ここ数年だけ見ても、集住地域は放火され、民族系金融機関にはガソリンが撒かれ、民族団体の建物には銃弾が撃ち込まれるなど、暴力はとどまることがない。だが、こうした歴史的事実さえ、マジョリティの日本人には共有されていないのだ。
在特会(在日特権を許さない市民の会)が登場し、日本社会に嫌韓感情が渦巻くようになると、長らく民族名で生きてきた先輩世代のある女性は、病院で名前を呼ばれても怖くて椅子から立ち上がれず、返事もできなくなった。そして「まさかこんな時代が来るなんて……」と語った。
差別反対を口にする人も含め、ほとんどの日本人は、被差別者の心に塗り込められた、こうした「恐怖」を理解できていない。だから、垂れ流されるヘイトをマジョリティ同士の暴言や侮辱と同程度のものと解釈してしまう。そして現実を受け止めたくないマジョリティから決まって出てくる言葉が「気にしすぎ」だ。
こうして差別者の言い逃れを許してしまうのだ。
そこで、「創始改名2・0」における、「日本も嫌い、日本人も嫌いは勝手だが、ならばせめて日本名を使うな」という表現が、コリアンルーツを持つ者にとってどれほどの恐怖なのかを、何回かに分けて可能な限り言葉にしてみようと思う。まず今回は私が自分の周囲で見てきた風景について。次回は「ドッグホイッスル(犬笛)」と「恐怖の暗号」について書いてみることにする。
「日本人が追いかけてくる」
コリアンルーツを持つ者(旧植民地朝鮮出身者とその子孫)にとって、民族由来の名前で生きることを選択するか、日本式の名前で生きることを選択するかは、それぞれの個人の選択の問題であり、どちらが正しいとか間違いだとか言えるものではない。
しかし、たとえどのような名前を使っていても、コリアンルーツを持つ者にとって、今回の高山発言に対する恐怖心には差異はないと言えるだろう。
まず客観的事実として、コリアンルーツを持つ者のうち、民族名で生活している者は約1割しかいない。日本国籍を取得した者に限れば、そのほとんどが日本名で生活しているだろう。コリアンルーツを持つ人々が日本社会でどのように生きているかを知る人は少ない。しかし、その約9割が日本名で生活しているという状況を見れば、この社会は安心してルーツを語れる社会ではないことが分かる。
一番分かりやすいのは、他者を叩くときに決まって使われるのが「在日認定」であり、「朝鮮人」という社会的記号であることだ。「敵」をひとまとめにくくるとき、そのワードは使われる。そして、敵認定された者は、大衆のうっぷんや憎悪のはけ口としての暴力に向き合わされる。
こうした少数者への攻撃は、社会が不安定になるほど過激になっていく。その究極が1923年の関東大震災後の朝鮮人虐殺だった。在日3世として生きてきた私の世代は、関東大震災を生き延びた祖父母の晩年の姿を知っている。
私の祖母は、深夜になると決まって眠ったまま歩き出した。鍋や釜を手に持って、小さな四畳半の部屋をぐるぐる回るのだ。どんな夢を見ているのかと尋ねると、「日本人が追いかけてくる」と言った。その恐怖(PTSD)は、終生消えることがなかった。
その娘である母は、祖母と外を歩くのを嫌った。一緒にいると自分が朝鮮人だとばれてしまうからだ。
後年、その母に、民族名で堂々と生きていこうと言って、民族名を名乗る練習をさせたことがある。すると母の体調はみるみる悪くなっていった。私が「朝鮮人だからといって差別するのは友達じゃないからね」と言うと母は、「それじゃ友達一人もいなくなる」と言った。
それから数年後、母が日本国籍を取得したとき、安心したのか、初めて睡眠薬を飲まずに眠ることができた。私は姉から、「お前は自分の自己満足でどれほど家族を苦しめているのかわかっているのか」と言われた。
母は今でも、私といると朝鮮人とばれてしまうので辛いと言う。
名前を隠して生きのびる
民族学校から杉並区立泉南中学校に転入したとき、在日と思われる生徒は誰一人、私に声をかけてくれなかった。それは高校でも同じだった。私のそばにいると同じ朝鮮人だと思われるからだ。
同級生(日本人)の多くは、私の耳もとで「高山もあっちだよ」「金井も」などと囁いた。それは私への友情でも彼らに対する優しさでもなく、単に「知られていないと思っていてもバレてるぞ。お前たちは朝鮮人だろう」と伝えたかったのだ。
母方の親戚の家では、朝鮮人に対する差別的な言葉が支配していた。日本人の眼差しを自ら内面化して、鏡のように映し出しているのだ。ある叔父は、「俺はお前とは違う。俺は帰化できる朝鮮人なんだ」と言った。自分は最下層の朝鮮人ではない、そこから抜け出て日本人に近くなった優秀な人間なんだと言いたかったのだろう。誰にとっても、日本社会で朝鮮人であることは何の得にもならないからだ。
早い段階で日本国籍を取得していた母方の叔母は晩年認知症になったが、すると二つの人格が現れた。「朝鮮人は汚くて……」と言ったかと思うと、子どものとき「チョーセンジンは地震(関東大震災)でおうちがぺっちゃんこ」と鼻に手を当てた差別的なパフォーマンスをされたことを語り出したりした。叔母は、自分は日本人だと言ったかと思えば朝鮮人だからバカにされると言ったりし、そうした言葉を繰り返しながら旅立った。
在日は、長い間外国人登録証で管理されていたので、住民票がベースとなっている自治体の住民サービスを受けられなかった。そのため、集住地域以外では、ほぼどこでも、成人式の案内(場所によっては小学校の入学案内も)が送られてこなかった。だから、「成人式」に出られないことで出自がばれることを極端に怖がっていた。
1980年代、私が広告代理店に勤めていた時、九州出身の同僚のモデルが、成人式までにはどうしても帰化したかったと語った。背の高い彼女はバスケのレギュラー選手だったが、国体には出られなかった。当時、在日の子弟は国籍条項で参加できなかったからだ。怒った部員たちが部活の指導教師に詰め寄ったが、教師も、彼女が在日だからとは、どうしても部員たちに言うことはできなかった。
その様子を見て、彼女は出自がバレると思い、近くの川に走って死のうと思ったという。しかし死にきれず家に戻り、なんとか帰化したいと親に懇願したという。19歳で晴れて国籍取得をしたときは本当にうれしかったと、少女のように語っていた。
2011年の東日本大震災のとき、戦時性暴力被害者で裁判を民族名で闘い抜いていた宋神道(ソシンド)さんは、宮城県の女川にいた。震災直後、脚が悪い彼女のことが心配で被災地に行ったが、女川のどの避難所にも彼女の名前はなかった。途方に暮れて東京に戻ると、彼女が見つかったという連絡が来た。
彼女がいたのは、私が探しに訪れた避難所の一つだった。えっと思ったが、日本名で避難所に登録していたのだ。
足もとまで海水が来て逃げ遅れそうになったとき、彼女を背負って避難所まで無事に届けてくれたのは日本の青年たちだった。それでも、非常時に民族名で避難所に入るのは恐ろしかったのだ。
差別が娯楽となったこの社会で、アウティングはそのまま死にすら直結するほどの恐怖なのだ。そのことを知らずに生きていけること自体、まさにマジョリティの特権なのではないだろうか。
高山に名指しされた作家の深沢潮さんは日本国籍を取得しているが、彼女は日本名も民族名も共に自分の一部として否定せずに受け入れてこの社会で生きていこうと決意した、在日のランドマークと言える一人だ。そんな深沢潮さんがこのように吊るし上げられることがコリアンルーツを持つ者にもたらす恐怖は計り知れない。
日本国籍を取っても叩き、しかも日本名を使うなと言うのは、彼女への冒瀆というだけでなく、その痛みを継承しているコリアンルーツを持つ者すべてに対する、まごうかたなき暴力なのだ。
無関心な人々にとっては、一人の作家がコリアンルーツであることを指摘されただけのことに見えるだろう。しかし、その一見無害そうに聞こえる表現が、名指しされたコリアンルーツの者には、きわめて重大な心理的恐怖と社会的虐待をもたらす。 (つづく)





