【連載】山椒のひとつぶ(第4回)記憶を嘲笑する――「タンクデー」騒動と韓国極右

辛淑玉(ヘイトスピーチに抗する市民団体「のりこえねっと」共同代表)
2026/07/29

 韓国のスターバックスコリアは、5月15日から26日まで、タンブラー(繰り返し使える蓋付きマイボトル)の広報イベントを行なった。

韓国スターバックスのキャンペーンサイトのスクリーンショット

 そのキャッチコピーは、「5・18タンクデー」「机にタック」(「机にドン!」の意)であった。

 しかし、キャンペーンがスタートするやいなや凄まじい批判が巻き起こり、週間売上は84億ウォン(約8億5000万円)以上減少し約26%の急減を記録した。不買運動である。

 タンブラーのことをタンクともいうが、タンクには「戦車」の意味もある。そこに光州民衆虐殺の日である5・18とくれば、どストレートの脅迫メッセージになる。

 その上、「机にドン!」である。

 この言葉は、かつて警察の拷問によって殺された21歳の学生朴鍾哲(パク・ジョンチョル)の死を隠ぺいするために当局が発表した言葉そのままなのだ。朴青年は、治安本部の拷問部屋に監禁されて殴られ、電気ショックを加えられ、最後は水責め拷問の末に窒息死した。だのに治安本部は「机をドン! と叩いたらウッと言って死んだ」と発表したのだ。

 この事件を機に、韓国社会が民主主義の奪還に向けて怒濤のように走り出したのは歴史の事実だ。この言葉は当時流行語にもなり、今では教科書にも載っている。そう、韓国では知らない人はいない言葉なのだ。

 この二つを並べておいて、単なるキャンペーンでした、では済まない。スタバは「お前たち民主派を滅ぼす」と言い放ったのであり、1987年の民主化合意を正面から否定してきたのだ。

 これに対応する動きは速かった。

 まず、李在明(イ・ジェミョン)大統領は5月18日、自身のXに「歴史的な光州5・18民主化運動記念日に、光州市民たちの血塗られた闘争を冒瀆する「5・18タンクデー」イベントとは…どんな怨恨の心でこんなことをやったのでしょうか?…基本的人権、民主主義の価値を否定する低俗な商売人の非人間的な行為に怒りを覚えます。当然それに見合った道徳的、行政的、法的、政治的な責任が与えられるべきでしょう」と投稿した。

 俳優のハン・ジョンスは自身のインスタグラムにスタバのカードを切り裂いた画像を掲載して「不買」を宣言。そして全国のスタバを対象に、即日不買運動が開始された。

 一方、スタバを支持する動きも速かった。

 その中心には「イルベ」がある。

 これは2010年に立ち上げられた極右サイト「日刊ベスト貯蔵所」の略称で、今ではその支持者を指している。

 彼らによる、進歩派(左派)や特定の地域(全羅道など)、女性、外国人などに対する差別や誹謗中傷、ヘイト投稿が社会問題化して久しい。

 その一人が、「滅共」を叫ぶ、スターバックスコリアの代表鄭溶鎮(チョン・ヨンジン)新世界グループ会長なのだ。

 いま、「イルベ」を中心とした冷笑極右集団はスタバに通い、「今だから行く」とSNSで拡散し、店内で注文した商品を受け取る際に名前を呼ばれるサービスを利用して、「ユン・ソンニョル(尹錫悦)万歳」といった名前で呼ばせて嫌がらせを楽しんでいる。

 他にも、常套手段であるネットデマ、悪意ある画像、改変した映像や写真などを大量に流している。たとえば5・18民主化闘争が北朝鮮から指令を受けていたという偽ニュースの画像に市民が戦車で戒厳軍へ突進する捏造映像を組み合わせたり、全斗煥がスターバックスコーヒーを飲みながら「5・18は暴動だ!」と語るAI映像まで作って拡散させたりしている。 

 鄭溶鎮は、極右と政治の接着剤となることに自らの存在意義を求めているかのように、「滅共」ハッシュタグを使い、極右集会のスローガンである「Freedom Is Not Free」を印字したTシャツの画像を投稿し、アメリカのMAGA系韓人団体「Build Up Korea」にスターバックスが協賛するなど、極右的象徴やメッセージを拡散してきた。しかも、プロモーションという遊びの文脈で、だ。

 彼らの目的はタブーの破壊なのだ。まるで、悲劇や正義をおちょくることに性的興奮を覚えているかのようだ。

 中でも2014年秋、「イルベ」の会員らが、光化門広場でセウォル号沈没事故の真相究明を求めてハンガーストライキを行なっていた遺族や支援者たちの目の前で、ピザやチキンなどを食いまくるという嫌がらせ行為を行なったことは有名だ。

 タンクデー後の5月23日には、盧武鉉元大統領逝去17周年の追悼式で若者約50人が、イルベのTシャツを着て故人を嘲笑するジェスチャーをしながら記念写真を撮り、死者を侮辱する文言で芳名録をあふれさせた。

 5・18民主化運動や国家暴力の犠牲者を侮辱する行為が、10代・20代の間で娯楽として消費されているのである。娯楽の形を取りつつヘイトが日常文化に浸透している。

 「5・18は暴動だ」という軍事独裁政権のプロパガンダが、民主化後にこれほど露骨に拡散されたのは初めてではないだろうか。「タンクデー」イベントは、「滅共」を唱える代表の意を受けて現場が計画実行したものであり、バカな若者の思い付きなどではない。

 韓国の民主主義は、文字通り、血で勝ち取ったものだ。1980年5月、2万人以上の兵士の前に立ちはだかり、ひるまず銃剣に立ち向かい殺されていった市民たちの遺体の上に築かれたものなのだ。

 1987年6月、光州虐殺で政権を奪い取った全斗煥にとどめを刺したのは、催涙弾の飛び交う中を突き進んだ若者たちの叫びと血であった。

民主主義は抽象概念ではないのだ。

 「タンクデー」イベントが始まった週の5月18日に光州に降り注いだ雨の映像を送ってくれた友人は、光州市民革命は触れてはいけない過去ではなく、守らなければならない記憶なのだと語ってくれた。

辛淑玉

(しんすご)ヘイトスピーチに抗する市民団体「のりこえねっと」共同代表。主な著書に『怒りの方法』(岩波書店)、『せっちゃんのごちそう』(NHK出版)ほか多数。

2026年10月号(最新号)