【連載】日本の公安警察2026(第12回)デジタル環境下の活動の片鱗

青木 理(フリージャーナリスト)
2026/08/14
連載: 日本の公安警察 2026 — 作者は青木 理。

デジタル時代の公安警察

 かつて私が通信社の社会部記者として警視庁の記者クラブに在籍し、同庁公安部をはじめとする公安警察組織の動向を日々ウォッチしていたのは1990年代の中盤、ちょうど地下鉄サリン事件などが発生し、全国警察がオウム真理教への捜査に総力を挙げていた時期のことである。公安部もその中核を担い、眼前でそれを目撃した私は、しばらく後の2000年に講談社現代新書から『日本の公安警察』を上梓した。公安警察に日々密着して掴み得た内実をそれなりに広く深く描き出したつもりではあったし、本質の部分においてはいまも決して古びてなどいないとも思っている。

 ただ、現在とは状況が大きく違う点もある。当時はせいぜい携帯電話が普及しはじめていた程度で、いまは大半の者が持つスマートフォンなど影も形もなく、ネット上のSNS的な情報発信・交流手段も、ネット掲示板が多少一般的になっていたくらいではなかったか。振り返ってみれば随分と牧歌的な時代ではあったが、あらためて記すまでもなく、近年はネットやSNSの隆盛、あるいはデジタルデバイス等の進化によって、人びとの生活と社会の情報通信環境は劇的に変貌した。

 だからその環境下に公安警察組織がどう対応し、あるいはネットやデジタルデバイスを情報収集や監視活動等にどう利用しているかについて、残念ながら拙著はほとんど描き出せておらず、そうした内実を果敢に明るみに出すメディア記者の登場を心から待ち望むと、本連載の最初で記したように記憶している。

SNS投稿から自宅へ

 そのほんの一端ではあるだろうが、刮目に値する記事がつい先日、7月4日の毎日新聞に掲載された。東京本社発行版の紙面では朝刊社会面のトップに掲載された当該記事の、まずは冒頭部分を以下引用してみたい。

 〈土曜日の朝、東京都渋谷区にあるアパートの呼び鈴が鳴らされた。2階の一室。ドアを開けた上野かおりさん(40代、仮名)に、スーツ姿の3人は言った。「代々木警察署の者です」。ちょうど衆院選が始まった頃だ。パジャマ姿のまま、上野さんは「調べ」を受けた。疑われたのは、テロに走る恐れだった。公安警察は近年、組織に属さず単独でテロを実行する「ローンオフェンダー(LO)」対策に神経をとがらせている。予兆をつかみ、未然に防ぐ。その詳細は、ほとんど明かされていない。上野さんへの捜査は、あるSNSへの書き込みがきっかけだった。そんな知られざる「テロ対策」の実態とは――〉

 そう書き出された記事によれば、「上野さん」のアパートに「年配の男性捜査員」ら3人が突如やってきたのは今年1月31日の朝。寝起き状態だった「上野さん」に対し、別の「捜査員」は以下のような文章がプリントされた数枚の紙を示したという。

 〈珍しく政治に怒りすぎて火炎瓶を握りしめています〉

 〈高市政権の政策による悪影響が直接的にわたしに及んだので、火炎瓶を腰に巻きつけながら首相官邸で抗議の焼身自殺を検討しています〉

 コンサルタント会社に勤務しているという「上野さん」は、何気ない日常の一コマなどに交え、自身のSNSにそんな投稿をした覚えが確かにあった。だから素直に認め、手間をかけさせたと謝罪したが、3人の「捜査員」は、

 「火炎瓶とか、作っていないですよね?」

 「いったい、何が不満なんですか?」

 などといった執拗な「問い」を重ねた。そうした状況を描く毎日新聞の記事を、少し長くなるが続けて引用しよう。

 〈上野さんは「作っていません。部屋を見てください」と返したが、相手は玄関先を動かない。いくつかの質問を終えると、「選挙期間中は困るんです」と言い残し、3人は立ち去った。

 以来、上野さんには警察から何の連絡も接触もない。「危険性なし」と判断されたからだ。ただ、Xのアカウントは匿名だった。どうやって自分にたどり着いたのか、気になった。

 その経緯は選挙後、「LO対策の事例」として警察庁が公表した。説明によると、上野さんの投稿に気付いたのは静岡県警だった。SNSを見回っていた1月23日に見つけたという。

 連絡を受けた警察庁は過去の投稿をつぶさに調べ、一枚の写真に目を付ける。「車がレッカーされちゃった」という内容で、写真には車と建物が写っていた。捜査員は、その場所を甲府市内と特定。山梨県警に照会をかけた。

 「確かに2年前、車がレッカー移動される写真を投稿したことがある。父に迎えに来てもらったとき、タイヤがパンクしてJAF(日本自動車連盟)を呼んだんです」と上野さんは言う。この情報を基に警察は上野さんを割り出した(以下略)〉

ローンオフェンダーを追う公安3課

青木 理

(あおき・おさむ)フリージャーナリスト。1966年長野県生まれ。1990年共同通信社に入社。公安担当記者としてオウム真理教事件などを取材。著書に『日本の公安警察』(講談社現代新書)、『時代の反逆者たち』(河出書房新社)など。

2026年9月号(最新号)

Magazine cover with a white rabbit illustration, peach-to-teal gradient, and bold vertical Japanese text on both sides.

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