2024年が明けて2週間ほどが過ぎた1月中旬、生涯最凶の腰痛に襲われた。這うようにして辿り着いた整形外科の診断は「典型的な椎間板ヘルニア」。手術よりはリハビリを、と促され、再発防止の体操が日課となる。長時間の座り仕事は腰に大きな負担をかけると聴き、仕事場では自席の椅子を取っ払った。
その匿名の封書を受け取った時も、私は立っていたのだった。月刊誌の編集部で。
「闇をあばいてください」
故郷の札幌で、四半世紀ほど前からライターをやっている。30歳を過ぎてからなりゆきで飛び込んだ業界だが、思いのほか性に合っていたらしい。地元警察の未発表不祥事を掘り起こす取材では、本を出すこともかなった。斜陽の業界ゆえ収入はなかなか増えないが、まあ喰えている。毎年の年度初頭には、源泉所得税の還付金というボーナスもある。その振り込み時期を2週間あまり先に控えた2024年の春、腰痛を乗り越えて間もなかった私は、自席を座位に戻すタイミングを計りかねていたところだった。
「料金不足なんですが、どうしますか」
不意にそう声をかけられたのは、4月3日午後のこと。毎月記事を寄せている地元月刊誌『北方ジャーナル』の編集部でパソコンと向き合っていた時だった。
声のほうへ眼を向けると、視線の先に郵便配達の男性。茶封筒をこちらに示して立っている。郵便受けにそれを投函せず直接手渡しで配達しに来たのは、運賃不足のためらしい。見ると、封筒の表面に「未納 不足」の捺印があり、手書きで「10円」と記されていた。
宛て先は封筒に直接書かれておらず、こちらの住所などをパソコンで印字したと思われる白い紙が表面に貼られている。裏面には、何の文字もない。つまり、差し出し人がわからない。見慣れた光景だ。
この稼業、匿名の投書は頻繁に受け取る。多くは役所や大きな企業・団体の不祥事の告発で、投書の情報を広く発信してほしいという趣旨だ。今回届いた茶封筒も、そういう内部告発の類いだろう。
実際のところそれらの匿名投書の多くは、否、ほとんどは陽の目を見るに到らない。情報提供者がまったくの正体不明では内容の信憑性を判断できず、仮に事実だったとしても告発の目的や公益性などを測りかねる。記事の出し方によっては意図せず投書の主を危険に晒してしまう可能性さえある。何よりも、一つの未確認情報を端緒に粘り強く調べを進める根気や根性を、私は持ち合わせていない。
とはいえ、そういう封書をただちに破棄するほど冷淡にはなれないのだった。届いた投書は、とりあえずほかの資料と分けて一定期間保管することにしている。そこに、運賃不足の茶封筒が一つ加わることになったわけだ。