【忍足みかんさんに聞く】スマホを持たないと市民ではないのか――アナログは福祉である

忍足みかん(エッセイスト、漫画原作者)
2026/10/07

忍足みかん

  (聞き手:本誌編集部)——忍足さんは、高齢者や障害がある方など、デジタル機器を利用できずに不利益をこうむる「デジタル・デバイド」問題について声を上げていらっしゃいます。最近では、東京都の公式アプリ「東京アプリ」による生活応援事業について、ポイントの取得にデジタル申請が必要であることについて都議会に陳情書を出されるなどされています。まず、この問題について活動を始めたきっかけから教えてください。

 104に電話をかけ続けた母

忍足みかん(以下、忍足) 声を上げ始めたのは今年3月にNTTの104サービス(電話番号案内)と3Gが廃止になったことがきっかけでした。障害のある母は、スマホやパソコンなどのデジタル機器が使えません。だからこれまで電話番号を調べる手段として104に頼っていたんです。電話をかけたら人が出て、電話番号を調べて教えてくれる。それがなくなってしまったというのは母にとって、とても大きなことでした。今は私が母の代わりに電話番号を調べたりしていますが、もし私がいなかったらどうなるんだろうとか、単身世帯の人やお年寄りだけの世帯の人たちはすごく困っているだろうと思って、このデジタル・デバイド問題について発信を始めました。

 104の廃止は社会のデジタル化にともなって利用者が減ってしまったのが理由だそうです。NTTは一応、ふれあい案内という障害者手帳を持っている人に向けた無料の案内サービスは継続していますが、お年寄りやさまざまな事情でデジタル手段を使えない人などに向けた代替案はありません。

 104のサービスが終了してから、4月になっても母はまだ104に電話をかけていました。その姿を見ていて心が苦しくなってしまって。私が「もうそれは終わっちゃったんだよ」と言っても、「もしかしたらつながるかもしれない、これまでつながったんだから」って、一縷の希望をもって電話してるんです。それから社会のあらゆる場面でデジタルが強制させられる現状についてこれは声を上げなければと思いました。

デジタルにとって代わられる行政サービス

   ——国を挙げてデジタル化が推進されているいま、行政サービスも、電話がAI対応になったり、電話の対応時間をへらしたり、紙の申請がオンライン申請になったり、これまで当たり前にできていたアナログの選択肢がどんどん減少していますね。

忍足 例えば、茨城県の取手市では2020年に、50年発行してきた市政報告の広報誌が終了してウェブ版のみになりました。市民たちが、「ネットを使わない市民の知る権利を奪うのか」ということで廃止に反対する請願書を市議会に出したそうですが、印刷費の問題などを理由に突っぱねられてしまったということがあります。

 私が住んでいる千葉県でも、物価高対策として始まった「千葉県キャッシュレス決済キャンペーン」は、スマホを使ったキャッシュレス決済にポイントを還元するというものでした。スマホを持たない人、苦手な人には、何の恩恵もありません。江戸川区の物価高騰対策の給付金もLINEでの申請しか案内されませんでした。

 本来、自治体が行なう給付事業は、地域住民みんなが、受け取る権利があるはずです。なぜデジタルができる人だけに限定されるのか。高齢者などだけでなく、スマホを契約できない、本当に物価高で困っている人たちも排除されてしまいます。すごくおかしいと思いました。

 東京都がいま行なっている「東京都公式アプリ(東京アプリ)」の「東京アプリ生活応援事業」も、物価高対策として都民の生活を応援するという触れ込みで始まったもので、15歳以上の都民に1万1000ポイントの「東京ポイント」を付与するというものです。暮らしを応援すると言いながら、全員への一律の現金給付ではなく、アプリからの申請のみとされているため、スマホを持っていて、アプリをスマホにダウンロードして登録申請するスキルがあり、なおかつマイナンバーカードを持っている人だけしか受けられません。言い方をかえれば、市民の側にそれらを強制しているようなものです。そもそもマイナンバーカードは所持が義務化されているわけではないですよね。それなのにその利用を前提としたデジタル申請のみにすることは、市民を選別しているように感じます。

 スマホが苦手だとか使えないという人たちの中には、福祉を必要としている、福祉に近しい人も多くいます。そういう方たちは、人による対応がなくなり、電子申請しかできなくなったら、行政サービスを受けられなくなってしまうかもしれません。行政が、社会的に弱い立場の人を排除するということでいいのでしょうか。

 東京アプリに関しても、サポートと言えるものといえばせいぜいスマホ教室を開くとか、スマホを持って都庁に来れば代わりに申請のサポートしてあげます、というものです。そういう「意欲的な人」だけにしか救いの手を差し伸べないんです。でも、お年寄りや障がいがある人にそんなエネルギーのいることを求めるのは優しいようで意地悪です。表面上では「助けようとしてる」けれど、突き放している。残酷なことに思います。スマホを持っていなくても、紙や郵送、対面などのアナログな方法でも申請できる、現金で受け取れるという代替案が生まれない現状は異常だと思います。

アナログは福祉である

忍足 東京都も国も、デジタルを推進していく、アナログな手段はもうやめる、という姿勢が強すぎます。だから、デジタル化に対応できない市民へのサポートといっても、「スマホ教室を開きます」などという話になってしまう。私たちはアナログの選択肢、窓口や電話での人による対応、紙や郵送での受付を残すべきだと求めているのです。

 実は、私自身も母にタブレット端末を使ってもらおうと挑戦したことがあります。でも、結局、母が覚えることはできませんでした。私も教えながら焦りや苛立ちを感じてしまいますし、母も「できない自分」を責めて萎縮してしまって。

 誰にでも苦手なことがあり、できないことや苦手なことを強制されるのは苦痛です。学生のころにも嫌な科目の授業は憂鬱だったじゃないですか。でも今はその感覚をみんな忘れているように思います。デジタル化社会においては、苦手なことを責めるような世の中ですよね。母に教えながら、どうしてこんなことができなければ生きていけない社会になってしまったんだろう、と思いました。だから、スマホを使いこなせるようになればいいでしょ、という問題ではないんです。私は、「アナログは福祉だ」と思っています。

宙に浮いた陳情書

忍足 このおかしさに声を上げたいと思っても、最初は誰にどう伝えたらいいのか分からず、新聞に投書したり、議員さんたちに連絡してみたりしていました。陳情書を出す前も、都議会議員と千葉県議会議員のほぼ全員にメールしました。そんななか、返事をくださった都議会議員が一人いて、よかったらお話をしませんかと言われたんです。そこで陳情や請願という手段を教えてもらい、それなら陳情をしてみようということになりました。

 いろいろと考えて、「デジタル化の推進にあたり、アナログによる代替手段の確保を求める陳情」としました。

 よく、「みかんさんはデジタルを全部なくしたいんですか?」と言われることがあるのですが、それは大きな誤解です。私たちはデジタルを全否定しているわけではありませんし、デジタルをすべてやめろとも思っていません。デジタルには便利な部分がたくさんあります。今は、デジタルが優れていてアナログが劣っているというような風潮がありますが、どちらにも良いところと悪いところがあるので補いあうべきだと考えています。だからこそ「デジタルとアナログの共生」と書きました。どちらも市民が選べるようにしてほしい。デジタルを唯一の手段にせず、市民が選べる社会であってほしいのです。 

 それで今年6月30日に都議会に陳情書を提出したのですが、その1週間後ぐらいに連絡が来て「今回の陳情は議論されないことになった」と知らされました。手紙もいただいたのですが理由ははっきりせず、ただ「議会の議論に馴染まない」という回答でした。広範囲すぎてどの委員会で議論をしたらいいのかわからないから議論をしないというふうにされてしまったんです。

  ——今後の動きはどのように予定されているのですか。

忍足 まず、都議会への請願を準備しています。紹介議員を引き受けてくれる方も見つかっていますが、多くの政党に広げていくことは難航しています。足立区議会にも陳情を出しました。結論が出なくても、次の議会でも継続して議論してくれるとのことです。声を上げる人たちが増えていけば議会も動かざるを得なくなっていくかもしれないので、その一つの突破口になればとも思っています。

 最近はメディアに出させていただくこともあり、私の活動を知った方から「みかんさんの活動をみて自分の住んでいるところでも陳情を出そうと思って動いている」と言っていただいたことがあり、すごくうれしかったんです。こういう動きが全国的に広がってほしいと思っています。

 国がデジタルを進めていく中で、議員が動きづらいという事情は理解します。でも、だからこそ今の段階できちんと整備しないと、取り返しがつかないことになる問題だと感じています。

原告団への参加

   ——その後、「東京アプリ原告団」が立ち上がり、忍足さんも参加されていますね。

忍足 私は都民ではないので、支援者の一員という立場です。東京アプリ原告団は多摩地域の住民の方々が、都が行なう公共事業なのに、恩恵を受けられる人を取捨選択しているのはおかしいということで立ち上げたものです。原告の方たちには70代前後の方が多いです。

 まもなく東京地裁に提訴する予定なのですが、その訴状では、マイナンバーカードの所持が前提とされている問題、対象が15歳以上と限定されていること、さらにサービスの対象者を「都内在住の方」としながら「東京都に住民登録されている方」に限定していることなども踏まえながら、手続きをデジタル申請のみとしたことについて、万人を対象とすべき公共団体が、金銭の授受がともなう事業であるにもかかわらず、対象者を取捨選択したことのおかしさ、「デジタル差別」について訴えています。

 先ほども少し触れましたが、今は、デジタルを使えないことはその人が悪い、自己責任だと責めるような風潮があります。だから声も上がらないし、上がった声もネットに乗らないので拡散していかない。これまで自分はスマホが使えないから給付の対象になれなくても仕方ないんだ、と諦めていたような人たちが、原告団の発信を見て、これはおかしなことなんだ、と気づくきっかけになってくれたらいいと思います。

市民の「楽しむ機会」さえ消えていく

   ——デジタルが使えない、アナログを選択して生きる人たちの社会参加の場が減っていくことが懸念されています。

忍足 デジタルオンリーの弊害は、生活面だけでなく、娯楽や趣味においてもさまざまあります。私はカラオケ喫茶でたまにアルバイトをしているのですが、そこに来るお年寄りの方から、あるカラオケチェーンが、紙の会員カードをやめてアプリだけにしてしまったと聞きました。紙の会員カードが使えなくなってからは、アプリもないしアプリを入れることも難しいのでそのお店に入れなくなってしまったと残念がっていました。ファミレスもファストフード店も、今はタッチパネルかスマホを使ってのQRコードでの注文がほとんどになりましたよね。映画を見るのだってスマホでチケットを予約したり、スマホに表示されるQRコードで入場したり。でも一方で、先日映画館に行った時に、券売機の操作がおぼつかずにスタッフさんを探している高齢の方を助けたこともあります。「今までは近くのビデオ屋さんに行ってたけれどそれもなくなっちゃってね。でもこの映画はどうしても見たくて来てみたけれど、今はみんな機械で私なんかにとっては難しくてね」と話していて、「助かったよ、ありがとうねえ」と言われました。

 映画館もデジタル化し、レンタルビデオ店やCDショップなどもどんどん減って配信サービスが主流になる一方で高齢者らは映画や音楽を楽しむこともままならなくなっている。暮らしの豊かさが奪われています。

 こうしたデジタル化は、これまで企業側や自治体など、サービスを提供する側が担っていたことを、全部こちらの責任にする、負担にするということだと感じます。今までだったら自分で操作をする責任を負わなくてもファミレスで注文ができたけれども、今は難しい。何でもかんでも自分でやりなさいというふうになって、できなかったらもう終わり、という感じです。助けを求められない、自己完結な社会という印象です。

 でもデジタル社会に適応しようと頑張っている人たちはたくさんいるんです。私の知り合いのお年寄りが、お孫さんとディズニーランドに行くことになったと話していて。でもディズニーランドって今、アプリがないと何もできないような感じなんですよね。それで旅行の前にアプリがうまく使えなかったものだから、もうおばあちゃんと行きたくないと孫に言われてしまったそうです。それで、これではだめだと思ってスマホ教室に通っているのですが、すごく大変だと話していました。アプリって、ダウンロードすればいいだけではなくて、メールを登録したり決済の登録をしたり、することがたくさんありますよね。メモを取ったりしてがんばっているそうですが、心も疲れ果てていて、目も肩も凝るし、こんなことしなくても行けるんだったらいいのにね、とこぼしていました。

 韓国では、デジタルに精通していない高齢者は社会的に孤立しやすく、使いこなせる高齢者に比べてうつ病になるリスクが2・7倍高いというデータもあります。アナログな生活が保障されていれば、もっと心身穏やかに過ごせるのに……。デジタルオンリーの社会は、社会参加できる市民を選別してしまい、市民の社会参加の機会を奪い、当たり前のように楽しむことができた多くの機会も奪ってしまうことでもあると思います。

足が悪い人に歩くことを強制する?

忍足 この問題について発信していると、「できないのが悪い」とか、「時代についてこない奴らなんかダメ」とか、心ない声がぶつけられることが少なくありません。でも、人間みんな歳をとりますし、いつ障害を負ってデジタル社会に参加できなくなるかなんて分からないですよね。

 でも、たとえば、杖をついていたり車椅子を利用したりしている方に対して、歩けないやつが悪いという声は出てこないですよね。歩けない人に無理やり歩けるように強要したりもしないと思います。でも、デジタル・デバイドの問題だとそれが正当化されてしまう。問題だということが共有されないから、デジタルにアクセスできない人たちの選択肢がどんどん消えていってしまう。

 同じ問題は海外でも起きています。日本より「進んでいる」面も少なくありません。イギリスやドイツでは電車やバスに乗るのもアプリが必須になってしまい、切符もタッチICカードも使えないのでどこにも行けない人たちがたくさん出てきていると聞きました。病院の予約もウェブ経由だけになり、銀行や行政の対面窓口もなくなり、現金は使えなくなり……。ただ、少しずつそのおかしさを正していこうとする動きも出てきているとも思います。

 たとえばドイツでは、アナログな生活を送る権利を憲法に明記してほしいという署名活動を一部の議員が始めています。アメリカのオレゴン州では、不動産の手続きをオンラインだけにしてしまったのですが、困る人が出てきて、今年に入って紙での手続きを認める条例ができました。サンディエゴ市では電子クーポンだけにすると不公平になるので、紙のクーポンを必須にするというルールができました。いま日本の大型量販店などでもアプリ会員のみの割引がありますよね。アプリがない市民は高いお金を払わないといけない。身近なところでデジタルを使えない人たちへの差別と排除が社会全体で進んでいる。それを押し戻す動きが出てきていると思います。 

デジタルが使えない人へのケアが存在しない

  ——忍足さんは介護をされていますが、介護の分野でもデジタル化が進んでいるのでしょうか。

忍足 介護は今はまだそこまでではありません。紙の申請書が主流で、電話の窓口対応もしてくれます。でも、今あるサービスがいつなくなるかという危機感は常にあります。お薬手帳を廃止してアプリにする、病院の予約も今後は電話は廃止するなんてなったらどうしようかと。104の廃止のようなことがこれから増えて、社会とのつながりが消えていくんじゃないかと心配です。それは孤立につながると思いますから。コスト面は大事ですし効率化も重要ですが、その結果どんどん必要なサービスが減るのではと心配しながら過ごしている現状があります。

 福祉サービスならば、今はケアマネージャーさんやヘルパーさんと相談して対応をお願いすることができます。でも、デジタル手段しか提供されていないサービスが増えていくと、そこをケアする国や行政のサービスは、「スマホ教室」みたいなもの以外は、何もない。このことは、私の場合にもそうですが、介護を受ける側だけでなく、介護をする側の人生にも、本来なら自分のために使える時間や機会が失われたりといった大きな影響をおよぼします。それに医療や福祉などでこれまで普通に受けていたサービスが止まってしまったら死活問題です。対応できる人は生きていけるけど、できない人はもう生きていけない。もはや現代の優生思想的なところがあるんじゃないかと感じます。本来、アナログで普通にきちんと行政サービスを受けて暮らしをしていくというのは、生きる上で当たり前の権利であって、こちらがお願いするべきようなものではないと思うのですが。

今までどおりの暮らしをさせて

  ——最後に、忍足さんが考えるアナログで生きる権利について教えてください。

忍足 私が考えるアナログで生きる権利は、努力や強い人に合わせるための背伸びをせずとも、今までどおりの生活ができるということです。デジタルに対応できない人を責めるのではなく、できないままでも安心して生活できる社会であってほしい。スマホがなくても紙や電話といった、これまで長く市民が馴染んできたサービスが当たり前の手段として残っていくこと。デジタルの時代だからこうしなきゃいけないと強いるのではなく、いろいろな選択肢を残してほしいと思います。

 選択肢を残すことは、決して無駄やコストがかかることではなく、穏やかに安心して生きられる人を一人でも多く増やす、やさしい取り組みだと思います。

 デジタルが合う人もそうでない人も、それはそれぞれの個性です。強い人に合わせたり、多数派に従ったりするのではなく、自分のまま、弱いままでも、少数派でも、脅かされず生きられる優しい世の中であってほしい。選択肢を認めないのではなく、選択肢を残すことでそれぞれが生きやすい暮らしを送ることを社会が認めていく。それがアナログで生きる権利かな、と思います。

イラスト:忍足みかん

『地平』編集部

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