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関連「特集 アナログに生きる権利」(2026年11月号)
最近、北欧の教育について、“脱デジタル”や“紙への揺り戻し”という見出しの記事をしばしば見る。筆者がフィールドとしているデンマークにおいても、デジタルの問題が議論されてきた。
デンマーク政府は、学校教育や子どもに関わる領域でデジタルへの様々な規制を行ない始めている。しかし、単に学校教育からデジタルを排除して紙の教材やアナログな教育へと戻っていくのとは異なるようだ。
本稿では、まず、デンマークにおける教育のデジタル化の推進をめぐる経緯をまとめ、近年の教育現場におけるデジタルをめぐる議論、内実を考察する。そして、デジタル教材の活用と背景にある教育観について検討する。
デジタル・コンピテンシーの育成を掲げた推進
デンマークは人口約602万人の小国だが、デジタル分野の先進国としてしばしば紹介されてきた。1968年に日本のマイナンバーにあたる10桁の個人番号(CPR番号)を導入し、行政手続きの電子化を推進してきた。その背景には少子高齢化への懸念があり、デジタル化による効率化を行なうとともに、人でしか対応できない分野に人手を回すという方針があった。政府、自治体連合等が参画する電子政府委員会が、2000年代から約4年おきに「共同政府デジタル戦略(The Joint Government Digital Strategy)」を策定し、公共部門のデジタル化を進め、現在ではほとんどの行政手続きが電子化されており、社会生活の隅々までデジタルインフラが整備されている。
教育分野でも、1990年代から2000年代初頭に、教育の質の向上や生徒たちの学力を高める方策としてICTは導入された。
本格的な学校教育へのデジタルの導入は2010年代以降で、政府は「デジタル戦略」の一環として多額の予算を拠出し、①学校でのネットワーク環境や学習管理システム(LMS)の整備、②生徒・保護者・教員のコミュニケーションプラットフォームの創設、③自治体によるデジタル教材購入費の補助、④ICTを活用する教員のネットワーク化などを進めた。この時期にほとんどの国民学校(日本の小中学校に相当)のデジタルインフラや教員によるデジタル教材の活用という教育環境は整えられた。
教育のデジタル化を進める際に、政府はどのような目標や必要性を掲げていたのか。それは主に「デジタル・コンピテンシーを育む必要性」であった。この点に関して、バルスレヴとエーレンシュレーガー(2023)は、1980年代から2021年の間のデンマークにおけるICTと教育に関する5つの主要な政策文書を分析した。それによると、教育におけるICTの価値に関して指摘した記述には、次の特徴があった。
それは、(デジタル化による肯定的な効果を示す実証的な研究結果が乏しかったにもかかわらず)①デジタル技術が生徒の学習意欲を高める可能性や(主にICTによる個別学習の実現を通じ)教育技術が学習効果を高める可能性への楽観、②「未来はデジタルであるからデジタルな教室をつくるべき」という同語反復、③デジタル化の進展に対する確信、④グローバル競争で負けないための一層のデジタル化の重要性、である。
政府はデジタルの利用拡大と、デジタル格差の解消、つまり「持たざる者に技術を与えてデジタル社会へ包摂すること」を目指してきた。何より、このような教育のデジタル化の政策動向に対して、デンマーク国民も“実際のところよくわからないまま”、特に批判や懸念もなく歓迎してきた側面があるという。
学力不振、スクリーンタイムの増加、幸福度低下
ところが、近年の経済協力開発機構(OECD)生徒の学習到達度調査(PISA) でのデンマーク生徒の成績の不振、スクリーン視聴時間の増加、さらに政府が毎年行なう幸福度調査において、学校での勉強を楽しめていない生徒の増加が明らかになった。デジタルにより個別最適化された学習に対して孤独感を抱き、教員や友達との関わりを求める声も聞かれた。
子ども・教育省が2024年7月に公開した調査の結果である「デジタル機器と教材に関するファクトシート」の一部を紹介すると、5名中2名の割合の生徒が、授業中の一部あるいはそれ以上の時間、デジタル・エンターテイメント(ゲーム、ストリーミング、ショッピングなど)を使用していると回答した。そして4割前後の生徒が、自分や他者がデジタル機器を使うことで気が散ると感じることがあると回答しており、調査に参加した学校のうち8割以上の学校で、デジタル機器、SNS、デジタル・エンターテイメントの使用についてのガイドラインを導入していた。
多くの学校は、ガイドラインを導入することで、「授業の妨げを減らし、より集中できる環境」を守り、「生徒同士のより良い交流の場」、そして「遊びや屋外活動、身体活動を増加させること」を目指していた。また、大半の学校では、デジタル教材と紙の教材の授業での使用割合やバランスについて議論しており、約半数の教員が紙の教材を選択する余地が少なすぎると回答していた。
このような実態に対応するように、政府はスクリーンを学校から締め出し、スクリーンタイムを減らすという方策をとっている。
2025年9月には携帯電話を小中学校や学童保育で使用を禁止する法案を可決している。さらに同年10月には首相が、「携帯電話とSNSが子どもたちの幼少期を奪っている」と指摘し、15歳未満のSNS利用を禁止する方針を表明している。また学校図書、教材費として2025年から2034年に多額の予算を講じて、最大20万冊の紙の本を学校に提供する計画である。この動向をさらに強化させそうなのが、9月に公開された生徒の学習到達度調査(PISA2025)の結果である。
デンマーク生徒の結果は、読解力と科学的リテラシーにおいてOECD平均と同水準であり、数学的リテラシーはOECD平均を上回っている。しかし、3分野すべてにおいて、2000年にデンマークがPISAに参加して以来の過去最低水準となっている。ただし、学力の低下傾向はデンマークに限ったものではなく、PISAに参加している約90カ国の多くの国も同様の傾向を示している。
子ども・教育省大臣マグヌス・ホイニケは、「PISAは、我々が極めて深刻な学習危機の真っただ中にいることを明らかにしている。課題があることは承知していた。しかし、その規模はこれまで認識していたよりもはるかに大きい」と強い懸念を示している。
また、子ども・教育省のサイトには「36%のデンマークの生徒が、理科の授業のほとんど、またはすべての回で、スマートフォン、ウェブサイト、アプリなどのデジタル機器・メディアに気を取られている」として、「注意の散漫」がデンマークの生徒にとって以前より大きな問題になっている可能性を指摘している。
ただし、デジタル化が学力低下の原因だと断定もしていない点も留意する必要がある。PISA 2025によれば、依然として、デンマークの生徒が学校で学習目的にデジタル機器を使用する時間は1日平均3・2時間であり、これはOECD平均(1・7時間)のほぼ2倍にあたる。学校で学習目的にデジタル機器を使用する時間がいまだトップクラスという点は押さえておくべきであろう。つまり“脱デジタルをしてアナログに一辺倒”というわけではない。
デジタルと紙のバランスを探る政府、教材会社
デンマークの大手教材出版社の編集者に話を聞いたところ、実際、デジタルから紙への揺り戻しのピークは過ぎ、ここ1、2年で以前より落ち着いてきているという。以前は、学校で使用するデジタル教材の議論とプライベートで使用するSNS、ゲーム、スクリーンタイムの問題などが混在したまま議論されていた感があったが、現在は、教材として使用されるデジタルは悪くなく、プライベートで生徒が使用するデジタル環境とのバランスを見つけていく方向性だという。
もともと、国民学校のカリキュラムでデジタル化は重視されており、教育課程上の位置づけでは、科目横断テーマ「ITとメディア」として、ICTの活用が全教科で指導されてきた。さらに2027年からの新カリキュラムではデジタルを全面的に扱う「テクノロジー理解」が7年生以上の選択科目として導入される予定である。同科目は「デジタル・エンパワーメント」、「デジタル・デザインとデザイン・プロセス」、「コンピューテーショナル・シンキング」、「テクノロジー知識と技能」という4つの領域で構成されている。
あるデジタル教材会社の役員は、「政治家はスクリーンタイムの長さを批判しながら、新科目『テクノロジー理解』を導入するという、ある意味で二枚舌である」と指摘する。教材についても、デジタルから紙へという単純な話ではなく、そこにはからくりがあるという。教材会社も、「紙の教材をつくっている」と政治家に言いつつ、その中身を見てみるとQRコードなどがあり、多くのデジタル教材にアクセスできるようになっている。つまり、完全にアナログなものを作成しているわけではなく、出版社側も“賢く対応”しているということだ。
では、現在のデンマークにおいて、デジタル教材はどのような点に価値を見出されているのであろうか。大手教材出版社の編集者、デジタル教材会社の役員に聞いた話をまとめる。
身体全体を使い、技術の持つ意図を学ぶ
デジタル教材は、書かれた文字(テキスト)だけでなく、画像、音声、動画など様々な情報形式(マルチモーダル:Multimodal)を取り入れた学習を容易にできる。
デンマーク国内で9割以上の学校で導入されているスコーレチューブというアプリがある。これは、動画の制作や編集、画像の編集、ポスターやコラージュの作成、漫画づくり、プレゼンテーション、演劇の脚本づくり、ストップモーションフィルム制作、作曲や編曲、AR・VR作成など27種類もの制作、表現などで、生徒と教師がマルチモーダルに学習できるツールに特化したデジタル教材である。
同社の役員によれば、デジタル教材では、さまざまなモダリティを扱うことが簡単になるという。例えば、ディスレクシア(読字の障害を伴う限局性学習障害)や、さまざまな障害がある生徒は、スコーレチューブを利用することで、音声や画像、動画を使って自分の思考を外部化することができ、別の方法でのコミュニケーションが可能となるという。
同社がマルチモーダルを重視している理由は、現代社会ではソーシャルメディアなど、あらゆるものがデジタル化されており、生徒たちが日常生活の中で接するテキスト自体がマルチモーダル化しているため、生徒たち自身もマルチモーダルなテキストを作る方法を学ぶ必要があると考えるためだ。何より、テクノロジーは中立の存在ではなく、特定の方向に私たちを動かす意図を持っていることを忘れてはならないという。そのことを学ぶ最良の方法は、実際に様々なテクノロジーと関わり、デジタル世界の消費者としてではなく、自ら生産者になることである。それにより、何が起きているのか理解を深めたり、フェイクニュースを避けたり、テクノロジーと向き合う際に批判的思考を持つ力を養うことができるという。
また、今ではAI技術の台頭があり、生徒やユーザーは、AIが生成したコンテンツを正しいかどうか、自分の伝えたいこととあっているかどうかなどを批判的に確認し、自分で編集する役割も担えることが必要になっている。スコーレチューブの多くにもAIが組み込まれており、実際の経験を通して、そうした批判的思考や編集技術を養うことができるのである。SNSのような公開された環境ではなく、スコーレチューブの安全な環境下で、AIツールを使って試行錯誤する中でテクノロジーの本質を深く理解していくことができるという。
教室内で対話を生み出し、多様性に対応する
大手教材出版社の編集者は、教材づくりにおいて、対話や相互作用を生むことを大切にしてきた。
デンマークの教育ではもともと、社会の文化として思考を促す、考える、そして創造することや「他者に伝達できる」ことを大切にしてきたという。そのため、答えが正解か不正解かという点だけではなく過程を大切にする。
そのため、教材づくりにおいては、「はい」「いいえ」で答えが終わるものではなく、いくつもの答えを導き出すことができるオープンな設問にすることや、対話を引き出せる設問にすることを意識している。また、コンピューターの前に生徒がただ座り、コンピューターとだけやりとりするものでは不十分であり、デジタル教材を通じて「実際に教室において教員、生徒間での相互作用」が進むようにしていかなければならないという。
もちろん、「とにかく紙の本に」という学校も一部にはあるが、筆者が視察したある学校では、紙の教科書は使用していなかった。校長によると、その学校は社会経済的に恵まれない家庭が比較的多く、生徒の学力や集中力に非常に差があるとのことだった。生徒の学力に差があるため、さまざまな生徒に合わせて学習することができるデジタル教材を選んでいた。紙の教科書を使用しない理由としては、「紙の教科書は非常に固定的になってしまうため」であるという。各教員が、生徒たちの反応に合わせて教材を臨機応変に選ぶことができて、自由度が高いことがデジタル教材の良さだという。
「学校教育において、仮に多くのところがデジタル化されていったとして、アナログのままで残しておいたほうがよいところとは?」という筆者からの質問に対して、デジタル教材を制作する方々は、「生徒同士の社会的な相互作用、交流」を挙げた。
「生徒同士の関わりをデジタル化すべきではない。生徒たちにはアナログな形で互いに関わってほしい。ビデオゲームで遊ぶのは構わないが、学校の屋外で一緒に体を使って遊ぶような、社会的な交流は学校においてデジタル化してはならない」と注意喚起していた。
日本においてデジタル化は効率性の観点からのみ語られることが多いが、デンマークの学校教育の動向は、何のためにそのデジタル(教材)を用いるのか、何はデジタル化してはならないのか、という点を考える上で示唆的である。
※本稿は、JSPS科研23K20688及び、公益財団法人教科書研究センター「個別最適な学びと教科書の在り方に関する国際比較調査:諸外国におけるデジタル教科書の政策と実相」の研究成果の一部である。
【参考文献】
・佐藤裕紀(2026)「デンマーク王国」公益財団法人教科書研究センター編『海外教科書制度調査研究報告書(2025年版)』277‐282頁。
・安岡美佳、ユリアン森江 原 ニールセン(2022)『北欧のスマートシティ:テクノロジーを活用したウェルビーイングな都市づくり』学芸出版社。
・Balslev, J. & Oehlenschläger, M. (2023). Towards digital disconnection in Danish educational policy. medien & zeit, 38(1), 43–58.
・Skoletubeのウェブサイト(最終閲覧日2026年9月16日)


