一般的に強いとされる2期目の現職市長を一騎打ちで堂々と破り、全国で現在2人目の共産党籍を持つ市長を誕生させた今年3月の東京都清瀬市長選は、奇跡といわれた。その後、原田博美市長(51)は圧倒的な少数与党状態ながら6月定例市議会を乗り切り、いよいよ本格的な市政運営に取り組もうとしている。
なぜ「奇跡」は起きたのか、原田市政は市民の信任を得られるのか、東京・多摩26市中でも目立たない存在だった清瀬市はどう変わろうとしているのか。現地に動きを追った。

まさかのどんでん返し
筆者は清瀬市隣の東村山市に長く住む74歳。地元のニュース、話題を発信するボランティア記者として頻繁に清瀬に通うようになったきっかけは、2024年以降盛り上がった図書館問題だった。
市内に6館あった図書館を2館に削減(後に三館存続)、再編する計画を打ち出した当時の渋谷桂司市長の政策は「説明不足」、「市民の意思に反する」、「進め方が乱暴だ」などと大きな批判を呼び、反対署名、住民投票を求める運動へと広がった。同時に大手メディアの注目も浴びることになった。
ちょうど同じころ、市立中央公園にかつての豪華列車「夢空間」のダイニングカー、ラウンジカー2両を2億円かけて修復移設する奇想天外とも思える計画が進んでいた。清瀬にははかつて〝亡国病〟と恐れられた結核の療養所が集中し、結核治療の〝聖地〟として知られた。中央公園は代表的な結核療養所「清瀬病院」の跡地だ。
2024年11月、渋谷市長の記者会見に初めて出席した筆者は「結核療養所跡地と豪華列車」という取り合わせに違和感を覚える市民もいるのではないか、と質問してみた。帰ってきた答えは「結核治療の歴史を大事にしつつ、夢のある公園としてにぎわいの創出を図る」だった。
清瀬市は三多摩とも呼ばれる東京都西部のうち旧北多摩郡の最北部、埼玉県に向かって突き出した半島のような市だ。市域の16%が野菜栽培を中心とした農地で、武蔵野の面影を色濃く残す。1970年に市制施行し、人口は約7万6000。原田氏は5代目にして初の女性、革新系の市長となった。前市長の渋谷氏は初代市長渋谷邦蔵氏の孫にあたる。保守系の強い政治風土だが、共産党は戦後、結核療養所を拠点とした医療関係者の活動などで勢力を伸ばし、今でも根強い支持層を持つ。
市議会は定員20だが、原田氏が市長に転じたので現在19。渋谷前市長を支えた清瀬自民クラブ7、公明党4のほか、日本共産党3、風・立憲・ネット3、「共に生きる」、「無所属の会」各一の勢力分野となっている。
渋谷市長1期目の任期満了にともなう市長選は2026年3月29日投開票で行なわれた。渋谷市長は再選出馬表明も市議会での一般質問に答える形でさりげなく行ない、市政を引き続き担うのは当然といった空気だった。新年度予算はすでに成立し、第5次長期総合計画もスタートしていた。図書館をめぐる騒ぎも表面的には沈静化し、図書館削減の代わりに打ち出した「おうち図書館」と称する本の宅配サービスが始まり、中央公園内の新たな図書館もオープンした。「夢空間」も移設を終え、レストランとしての営業開始を待つばかりだった。
市長選の対抗馬として、それまで5期にわたって市議を務めていた原田氏が出馬を表明したが、渋谷氏の優位は動かないように見えた。しかし、結果は原田氏の1万3064票に対して、渋谷氏は4年前の初当選時から約4000票を減らし、1万1746票にとどまった。予想外の結果を、あるメディアは「図書館戦争だった」と評した。
原田市長誕生の理由と背景
盤石とみられた現職首長が敗れる選挙がないわけではない。しかし、多くは個人的なスキャンダルや支持層内部での分裂などが原因で、渋谷氏の場合に当てはまるとは思えない。ではなぜ負けたのか。


