都市を収奪するメガイベント

原口 剛(神戸大学人文学研究科(地理学)教授。博士(文学)。専門は都市論および社会地理学)
2026/08/06
Aerial view of a circular waterfront shopping complex lit up at night on a man-made island.

大阪・関西万博とはなんだったのか

 2025年4月13日にはじまった大阪・関西万博は、10月13日に184日の開催期間を終えた。

 万博は、街中(まちなか)に熱気を沸き起こしはしなかった。そのかわりに「始まったからには批判してもしかたない」というような、ぬるりとした肯定の空気に覆われた。他方で、このような微温の空気とは裏腹に、商店街や電車内などあらゆる場所は宣伝広告で溢れかえり、「ミャクミャク」を見ずに街を歩くことはできないほどだった。閉幕から9カ月が経ったいまでもテレビは「万博の成功」を繰り返し映し出し、街では「ミャクミャク」のキーホルダーを携えた人びとを見かけることもめずらしくない。とはいえ、これは関西だけのことである。

 万博の総来場者数は2902万人を数えたと公表されたが、その94.8%は国内からの来場者だった。同年の大阪府への訪日観光客が過去最多の1760万人を数えたにもかかわらず、である。さらに、国内からの来場者のうち66.6%は近畿地域からの来場者であり、この意味で万博とは事実上の「地方博」だったといっても言い過ぎではない。そして万博の来場者のほとんどが地元客だった事実が示すのは、在阪メディアのキャンペーンがいかに強力だったか、ということである。また、企業が購入したチケットが配られたことや、万博が小中学校の行事に組み込まれたことを考えれば、自発的な来場者数はもっと少なかったものと考えるべきだろう。

 このような「なんとなく」の肯定の空気に包まれたいま、あらためて問わなければならない。いったい誰にとっての、なんのための万博だったのだろうか。25年万博は「いのち輝く未来社会のデザイン」をメインテーマとして掲げ、「いのちを救う」「いのちに力を与える」「いのちをつなぐ」ことを謳った。しかし、掲げられたテーマとはかけ離れた現実を数え上げれば、きりがない。

 たとえば当初1250億円とされていた会場建設費は、最終的には1.9倍の2350億円にまで膨れ上がった。その主たる要因は、廃棄物の埋め立てにより造成された海上の人工島・夢洲の軟弱地盤ゆえに、とんでもない難工事となったことである。会場地建設に公金が湯水のごとく注ぎ込まれた1方、その工事を担った複数の下請け業者には工事費の未払いが押しつけられ、倒産の危機に追いやられた。吉村大阪府知事や万博協会は被害を訴える業者の声を無視し、万博が生みだした犠牲は「なかったこと」にされようとしている。

 もうひとつ、別の事例を取り上げてみよう。8月13日には、万博開催(そしてカジノ建設)のために延伸された大阪メトロ中央線が送電トラブルにより運行を中止し、翌朝にかけて1万人以上が人工島に取り残された。ここで思い出されるのは、2018年9月の台風被害である。泉州沖の人工島からなる関西国際空港では、強風にあおられたタンカーが陸との連絡橋に衝突し通行不能になったことで、約8000人の旅客や従業員が孤立させられた。万博会期中の事故はそれに匹敵する規模の災害となったわけだが、在阪メディアはこぞって「オールナイト万博」と報じ、事故の深刻さをかき消そうとした。

 以上は数ある事例のほんの一部ではあるが、これだけでも掲げられたテーマと実態との乖離は明らかだろう。「いのちに力を与える」どころか、建設業者を生活苦に追いやり、来場者を海上の孤島に取り残したのだから。とはいえ、テーマからの乖離を批判したとて、大阪府市や財界にはなんら痛手にならないかもしれない。そもそもかれらは、テーマや理念にたいした思い入れはない。かれらの狙いは、メガイベントがもたらす経済効果であり、住民投票によってとうに否定された大阪都構想を復活させることであり、なにより人工島でのカジノリゾート建設だったのだ。

 強調すべきは、このようなメディア・キャンペーンに冷や水をあびせ、現実を露呈させたのが、ちいさな生物たちだったことだ。開幕直後の5月、人工島にはユスリカが大量発生し、万博の目玉建築である大屋根リングの柱のあちこちにびっしりと張りついた。SNSをつうじて拡散されたその光景は多くの人びとをぎょっとさせたが、それ以上に興ざめさせたのは、「いのち」を謳う万博の会場において薬剤によるユスリカの駆除が繰り広げられたことである。また、会場建設中の2024年3月には、地下に蓄えられたメタンガスに溶接作業の火花が引火したことによる爆発事故が起きた。万博はメタンガスが足下に充満する環境のもと開催されたのであり、会期中に事故が起きなかったのは幸運だったにすぎない。メタンガスは微生物が有機物――主として埋め立てられた都市廃棄物――を分解する過程で発生するものだということを心に刻もう。これらの生物と大地の蜂起というべき出来事こそが、「いのち」を謳う万博の虚構を暴き、その現実を告発したのである。

メガイベントは都市に暴力をまき散らす

 それではなぜ、万博は海上の人工島で開催されねばならなかったのか。この人工島こそがカジノリゾートの開発予定地となっていたから、ということはすでに指摘されている。そこからさらに、もっと先へと問いを進めてみよう。なぜ、カジノリゾート(および万博)の開発地は人工島でなければならなかったのか。考えられる理由は、ふたつある。

原口 剛

神戸大学人文学研究科(地理学)教授。博士(文学)。専門は都市論および社会地理学。単著に『叫びの都市』(洛北出版)、共著に『反東京オリンピック宣言』(航思社)、『惑星都市理論』(以文社)など。なお、本稿は2026年12月に以文社より『反万博の地理学(仮題)』を刊行予定。

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