「国民宰相」の再来?──オーストリア国民議会選挙を振り返る

木戸衛一(大阪大学招へい教授)
2024/11/05
国民議会選挙の投票終了後、ウィーンで支持者に手をふる極右・自由党(FPÖ)ヘルベルト・キックル党首。Photo by AP/Aflo

 去る9月29日、オーストリアで第28回国民議会選挙が行なわれた。下記の表のとおり、極右・自由党(FPÖ)が地滑り的勝利を収め、初めて第一党の座を手にした。ヘルベルト・キックル党首は、ハンガリーのオルバン・ヴィクトル首相、イタリアのマッテオ・サルヴィーニ副首相兼インフラ相、昨年11月22日のオランダ総選挙で第一党となった極右・自由党(PVV)を率いるへルト・ウィルダースらから熱烈な祝福を受けた。

「水没しても気候変動否認派を選択」

 投票日の約2週間前、オーストリアは集中豪雨と河川の氾濫に見舞われ、各種選挙集会やテレビ討論が中止・延期された。その根本原因である気候変動について、連立を組む与党の国民党(ÖVP)と緑の党は正反対の態度を示した。緑の党が気候問題の重大性を強調し再自然化プロジェクトなどの正当性を訴えたのに対し、保守ÖVPのカール・ネーハマー首相は気候アクティヴィストの「没落の狂気」を批判した。そしてキックルは、「気候共産主義」を再三罵倒した。結果は『デァ・シュタンダード』紙の見立て通り、「水没しても、オーストリア人は気候変動否認派を選択」したのであった1

 異常気象が緑の党を利さなかったのは、必ずしもオーストリアに限られた現象とは言えない。6月6~9日の欧州議会選挙では全般的に、前回選挙から5年の間に、コロナ・パンデミック、ウクライナ戦争とそれに端を発するインフレ、難民の持続的流入など、次から次へと危機に襲われ無力感を覚えた有権者の政治意識が多分に内向きかつ感情的・近視眼的になり、ますます広がる貧富の格差を前に、自らの「帝国的生活様式」(ウルリッヒ・ブラント/マークス・ヴィッセン)を維持したいという「本音」に突き動かされた2。そして、基底的な権力構造には目を向けず、すべての社会矛盾の原因を移民・難民に押し付けて、「自国ファースト」を掲げる極右勢力が躍進、「欧州保守改革」(ECR)や「アイデンティティと民主主義」(ID)など、欧州統合に否定的な勢力がほぼ2割の議席を得た。

 選挙直後、欧州極右陣営内で再編の動きがあった。6月30日、FPÖのキックル、ハンガリー「フィデス」のオルバンと、チェコANOのアンドレイ・バビシュは記者会見を開き、新会派「欧州のための愛国者」(PfE)の結成を発表した。PfEは、フランス「国民連合」(RN)、ベルギー「フラームス・ベランフ」(VB)、デンマーク「国民党」、イタリア「同盟」、PVVなどを糾合して、7月8日に正式に発足、84議席で欧州議会第三の会派にのし上がった。

自由党の国家改造計画

 欧州議会選挙ですでにオーストリアの最大勢力にのし上がっていたFPÖは、外国人流入、物価高、過去のコロナ政策に関わる連邦政府への不満を掻(か)き立てる一方、全9連邦州のうち3州(上オーストリア、下オーストリア、ザルツブルク)で州政権に参画している実績も強調した。その選挙綱領のタイトルは「要塞オーストリア、自由の要塞」という3。第二次世界大戦中、ナチ・ドイツのヨーゼフ・ゲッベルス宣伝相が、ベルリン・ローマ枢軸をさして「要塞ヨーロッパ」を語ったことが容易に想起される。

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木戸衛一

(きど・えいいち)大阪大学招へい教授。ベルリン自由大学博士。専門はドイツ現代政治、平和研究。著書に『変容するドイツ政治社会と左翼党』(耕文社)、『核と放射線の現代史』(共編著、昭和堂)、『若者が変えるドイツの政治』(あけび書房)など。

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