国家を更新するデモ
最近は、韓国で大きなデモがあると、その現場に足を運んでその雰囲気を体感して帰ってくる人が多い。私のまわりにもたくさんいる。ところが私は、韓国社会を揺さぶるような大きなデモに現場で立ち会ったことは一度もない。韓国には社会運動に参加する友人たちがいるし、一時期はしばしばソウルに通っていたのに、そうなのである。
さかのぼれば1987年の六月民主抗争のとき、当時20歳ほどで韓国の政治や歴史について何も知らなかった私は、それでも、沸騰するソウルの様子を映すテレビ画面に心を揺さぶられ、すぐにでも韓国に飛んで行って、この目で確かめたいと思った。だが先立つものがない。親の財布から金を盗んで航空券を買うべきかどうか、一晩中、真剣に悩んだのを覚えている。
韓国語を学び、その現代史を学び、韓国の文化や社会のダイナミズムに夢中になっていたさなかの2008年には、米国産牛肉輸入解禁反対の大規模なデモが起きた。このときは会社勤めだったので、ネットで記事をむさぼり読み、中継を追い続けるしかなかった。2016年の朴槿恵弾劾のデモのときは、自分の単著の執筆が佳境に入っており、机の前から離れるわけにはいかなかった。そして2024年末の尹錫悦の非常戒厳宣布から弾劾に至るあの激動の時期には、残念ながらまたも先立つものがなかった。
しかし、韓国のデモにこれほどの力があるのはなぜなのか、日本との違いはどこにあるのかといったことについては、自分なりに考えてきたつもりだ。
私の場合、何かを考えるときには、たいてい原点となる小さな経験がある。このテーマについて言えば、それは90年代半ばの出来事だった。ある国際的な集会で、韓国から来た若者が日本語のビラを手渡してくれたのだった。1980年5月の光州民衆抗争で闘った人々の名誉を回復し、顕彰せよと韓国政府に求める内容のビラだった。
当時の私は、国家に抵抗した人たちを国家が顕彰せよというその要求に驚いた。もちろん、光州で闘った人たちは歴史の正しい側にいたし、弾圧は間違っている。しかし、その要求は、私がそれまで一度も考えたことがないものだった。そして同時に「日本ではあり得ない」と思ったのである。近現代史のなかの、民主や人権を求めた民衆運動や誰かの行動をいくつも思い浮かべてみた。そのどれ一つも、日本の国家が顕彰することは金輪際なさそうだった。しかしなぜそうなのか。日本と韓国で何が違うのか。その疑問は、自分の中に「種」として残った。
あれから30年が経ち、あのときに出会った韓国の若者たちの要求は実現している。今では光州事件が始まった5月18日は、国で定めた記念日となり、闘った人たちは民主化に貢献した「有功者」として認められている。私も今なら、あのときの疑問に説明を与えることができそうだ。




