1.セックス・ウォーズ
フェミニスト・セックス・ウォーズ(Feminist Sex Wars)とは、1980年代にアメリカのフェミニズムを二分した、セクシュアリティをめぐる論争および政治闘争を指す。戦争(war)という穏やかでない表現からわかるように、当時の論争は激しく、一部の州法の成立をかけた政治的闘争でもあった。
問題化された主なテーマは、ポルノグラフィと売春、SMである。ポルノグラフィを例にとろう。一方には、ほとんどが男性によって生産され、男性向けに販売されているポルノグラフィの流通を法的に強く規制すべきだというフェミニストがいた。なかには、女性に対する暴力とポルノグラフィに関係があると主張する者もいた。他方には、政治当局に「卑猥さ」を定義させたり、性にかかわる表現の規制を許したりすることへの懸念から、反ポルノに反対するフェミニストがいた。
本稿で扱うのは、それとは異なる、2020年代に入って顕在化した新たな「フェミニスト・セックス・ウォーズ」である。このたび問われているのはセクシュアリティではない。新たなセックス・ウォーズが闘争の場としているのは性別(セックス)であり、その闘争は実質的には、トランスジェンダーに対する攻撃として展開されている。
現在、英語話者を中心とする一部のフェミニストがこの性別戦争(セックス・ウォーズ)に参与し、日本国内の議論もそこから少なくない影響を受けている。本稿では、この第2のセックス・ウォーズがもつ危険性について述べたのち、フェミニズムの未来について小考する。
2.トランプ政権とTitleⅨ(タイトル・ナイン)
2020年代のフェミニスト・セックス・ウォーズは、英語という言語の特殊性によって部分的には成立している。英語には、人間の属性としての「性」を指すための単語としてsexとgenderの二つがあり、各単語の意味解釈の争いが、論争の鍵を握っているからである。以下、アメリカとイギリスの状況を順に見ていこう。
アメリカには1972年以来、Title Ⅸ(教育修正条項第9条)という法律が存在する。Title Ⅸは、連邦の補助金を受ける教育機関における「性別(sex)に基づく差別」を禁止するもので、女性のスポーツ参加率の向上に寄与しただけでなく、2011年以降は性暴力やセクシュアル・ハラスメント、デートDV等も「性差別」であると明示化したことで、性差別撤廃に一定の貢献を果たしてきた。
重要な変化が起きたのは第二次オバマ政権時である。オバマ時代に発出されたガイドラインは、同法における「性別(sex)」に基づく差別には、性自認(gender identity)に基づく差別も含まれるとしたのである。これは、トランスジェンダーの児童・生徒・学生の保護を企図した解釈変更であった。
このガイドラインは第一次トランプ政権によって破棄されたものの、バイデンがこれを復活、しかし第二次トランプ政権が再びそれを破棄した。バイデン政権は、同法の「性別に基づく差別」には、性的指向や性自認に基づく差別が含まれると述べたが、トランプは一貫して、同法の「性別(sex)」は「生物学的性別」のみを指すとした。
それどころか第二次トランプ政権は、Title Ⅸの解釈を超えて、この「性別」をめぐる争いに強くコミットした。トランプが大統領就任当日に発出した大統領令「ジェンダー・イデオロギーの過激主義から女性を守り、生物学的な真実を連邦政府に取り戻す」は、解剖学的に明確に弁別可能な「オスとメス」だけが人間の性差(性別)であると規定し、「ジェンダー」という概念そのものの正当性を否定した。これにより、出生時に判定される(≒生物学的)性別とは異なる性別のアイデンティティを持つトランスジェンダーの人々は、存在自体が否定された。
それどころか、政権は「ジェンダー」という概念の使用を公的に禁止した。日本では、この大統領令が「性別は男女二つだけ」という内容で報じられていたが、正確ではない。正しくは「オスとメスだけを性別として認める」、「性別(sex)とは生物学的性別のみである」、「ジェンダーの概念は誤ったイデオロギーの産物であり、トランスジェンダーは存在しない」というのがその内容である。





