黒煙に覆われるテヘランの空、決壊したウクライナのダムからの濁流、破壊されつくしたガザの街でくすぶる瓦礫の山……。
戦争は、爆撃の瞬間だけ、人を傷つけるのではない。燃え上がった石油は空気を汚し、破壊された工場や軍事施設は有害物質をまき散らす。水道や淡水化施設の停止は飲み水を脅かす。軍用機や艦船、ミサイル、燃料、そして復興に使うセメントや鉄鋼は、温室効果ガスを大量に排出する。戦争は、人命を奪うだけでなく、空気、水、土壌、生態系、気候を同時に壊す。最大の環境破壊だ。
「汚染物質のカクテル」
テヘランの空を、黒い雲が覆った。
米誌TIMEによると、イスラエルによる3月上旬の石油貯蔵施設への攻撃後、イランの首都には濃い黒煙が立ちこめた。雨が降ると、車や路面に油のような黒い跡が残ったという。TIMEの取材に応じた市内の女性教師は、空気は「息ができないほど」で、頭痛や皮膚の痛みを感じたと訴えた。爆撃現場から離れた場所にいても、煙と沈着物が人々の体をむしばんでいた。
米国とイスラエルによるイラン攻撃は、世界のエネルギー供給を揺さぶった。原油やガスの供給懸念、価格高騰、ホルムズ海峡の緊張に注目が集まった。だが、もう一つ見逃せない被害がある。地域の空気と水、そして気候への影響である。
紛争と環境問題を20年以上追ってきた英民間団体「紛争・環境監視団」(CEOBS)ディレクターのダグ・ウィア氏は、今回のイラン戦争について「多くの紛争で見られる汚染がすでに起きている」と話した。
CEOBSは3月10日時点で、イランと湾岸諸国などで環境に影響を及ぼし得る事案を300件以上確認し、うち232件の環境リスクを評価した。軍事施設のほか、病院、タイヤ保管施設、石油精製施設なども含まれていた。ただし、米国側が攻撃したとする施設は数千カ所に上り、ウィア氏は、確認できた事例は「氷山の一角」にすぎないと指摘している。
ウィア氏によると、石油火災では一酸化炭素、二酸化硫黄、窒素酸化物、揮発性有機化合物、粒子状物質やすす(ブラックカーボン)などが同時に発生する。燃料に含まれるニッケルやバナジウムなどの金属、多環芳香族炭化水素(PAHs)も問題になり得る。
テヘランには約900万人が暮らす。街は山に囲まれ、もともと大気が滞留しやすい。石油施設が攻撃されることは戦争ではしばしばあるが、これほど大きな人口集中地のすぐ近くで起きるのはめずらしい。「非常に複雑な汚染物質のカクテルに数百万人がさらされている」。
水汚染、生活と生態系に直結
イランでは、戦争前から干ばつと水資源管理の失敗による水不足が深刻だった。そこに燃料や化学物質による土壌・地下水汚染の危険が重なった。戦争は、すでに傷んでいた環境基盤をさらに弱らせる。
