【新連載】歌舞伎町で。(1)差別と排除のなかで置き去りにされる少女たち

仁藤夢乃(一般社団法人Colabo代表)
2025/06/12

居場所が消された街――渋谷

 中高時代、家が安心して過ごせる場所ではなく、街をさまよっていた私に声をかけてくるのはいつも、性搾取を目的とした男たちばかりだった。渋谷のハチ公やTSUTAYA前で、新宿東口で、私が制服を着ていても、昼間でも「いくら?」「お金欲しいんでしょ?」「食事だけでも行かない?」と声をかけてくるのは、私たちの若さや性を買おうとする男たちだった。それから20年、私は東京の繁華街を拠点に少女たちとつながりつづけているが、今もその現状は変わっていない。

 私が10代の頃、もっとも多くの時間を過ごした渋谷の街は、2010年代に入って様変わりした。2000年代の半ばまでは、渋谷の街にはさまざまな状況の若者が集まり、「たむろ」することができた。路上に座り込み、輪になって語り合う若者たちの姿がいつもあり、夜になって虐待などで家に帰れない事情があっても、カラオケやファストフード店、居酒屋、お金がないときは路地裏やビルの階段や屋上で、朝まで仲間たちと過ごすことができた。

 頼れる大人が存在しない子どもを狙った大人や組織が、犯罪に利用しようと近づいたり、薬物をもちかけたりすることや、性売買業者に少女を売り飛ばしたり、レイプをしたりということも日常茶飯事であったが、助けてくれる大人などどこにもいなかったので、自分たちで知恵をつけるしかなかった。

 それでも、「たむろ」できる場所であることで、似た事情のある子どもたちがつながり、悪い大人から自分たちを守り合い、「あの先輩の紹介する仕事はやばいから行かないほうがいい」「レイプされてアフターピルが必要ならこの病院が未成年にも処方してくれる」「あのビルの屋上には最近警察が来て、補導されるかもしれないから、今日は寝に行かないほうがいい」などと、生き延びるための情報や悪知恵を共有しあっていた。しかし、渋谷の街には今、そうした若者たちの姿はない。それはなぜか。

仁藤夢乃

一般社団法人Colabo代表。1989年生まれ。主な著書に『難民高校生 絶望社会を生き抜く「私たち」のリアル』(英治出版)、『当たり前の日常を手に入れるために 性搾取社会を生きる私たちの闘い』(影書房)など多数。

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